見出し画像

ビートルズなんか知らない!  HSD20

 ボクは楽器がものすごく苦手で、歌もあまり好き好んで歌う方ではなかった。
 何しろ小学校4年生の頃、音楽の時間だったと思うが、一人だけちゃんと笛が吹けず、適当に吹くマネでもしていたところ、担任の先生に「前に出ろ」と厳しく注意された。恥ずかしさと照れ隠しに、ついつい当時流行っていた吉本新喜劇の岡八郎さんのギャグ「えげつなー」というのを軽い気持ちでやってしまった。
 その途端、「それはなんだ」と同時に平手打ちをくらわされ、一発といわず二、三発ほど強打された。ヨロヨロと教室のすみに吹っ飛ばされた。そんなあわれな記憶さえあった。たぶん涙を流していたはずだ(理不尽だったからだろうな)。先生はもちろんフォローなんかしなかった。当時は先生になぐられるヤツが悪い・恥ずかしいという価値観をみんなが共有していて、本人が自分で吹っ切るしかなかったのである。それから後はずっと音楽全般を苦手とした。

 ただ、小学校5~6年の担任は、根気強くできない子ども指導しようとしてくれて、遅くまで居残り練習してくれた。そのおかけで、「スケーターズワルツ」と「線路はつづくよ」はなんとかクリアすることができた。Kのようなどんくさい人間には、根気強く時間をかけて指導しないと、すぐ「もういいや」で諦めるし、苦手だから避けようとするだろう。できるようになれば楽しいだろうけれど、現実としてできないし、指が動かない。苦手意識が指を硬直させ、各フレーズの一音吹くか吹かないか、そんな少ししか参加できないKなので、「行う音楽」は苦手だった。

 小学時代の6年生のころ、歌謡曲の世界には新星がいくつも現れていた。小柳ルミ子・天地真理・南沙織の三人はそれぞれ個性は違うし、持ち味があってとても輝いていた。ボクはどういうわけか天地真理が好きだった。おそらくボクのとなりのミワコちゃんがとても上手に「さよならの言葉さえ言えなかったの……」と歌うのを聞いて、もういっぺんに天地真理が好きになったのかもしれないな。女の子の歌声というのは、奥深い魅力があるものだ。
 小学生たちは教室のあちらこちらで、歌姫たちの曲を争って歌うようになった。Kも、歌謡曲の番組を見るのはよくないという母の指導で、歌謡番組にチャンネルが止まると、すぐに怒られながら、テレビを見るでもなく、見ていたのである。ボクは最新の歌にはあまりついて行けていなくて、だれかが持ってきた歌の本(明星・平凡の付録だったか?)をうらやましそうに見ていた。
 だから、余計に休憩時間などてに、女の子たちが教室の隅で得意そうに歌う歌が魅惑的であったのである。実際に見ているものよりも、他人が話題にするものはよく聞こえ、楽しそうに響くものだ。自分の目で見ていたものなら、その四割減で判断できたかもしれないのに……。


ガンダムは80年代? 世代が違うよね。

 70年代は深夜放送の時代でもあり、中学生になればラジオから情報を得ることになっていた。Kも深夜のラジオ、といっても当時はFM放送は全く聞かれておらず、すべてのラジオの世界はAMだった。今考えると、音楽の飢餓状態がすでにあったのだ。
 ボクの知ることができた洋楽の世界とは、カーペンターズ、ミッシェル・ポルナレフ、ポール・モーリア、そしてポール、ジョン、ジョージの元ビートルズの人たちの歌であった。英語は習いたてだし、まるでよくわからないけれど、中学生でもカーペンターズの英語は耳にやさしかった。
 若者たちは、気に入った曲があれば、放送局にリクエストをしたり、レコード屋さんへ行ったり、自分で調べたり、年上の人に聞いたり、ラジオのDJのおしゃべりの中の情報を珍重したり、それはもう体全体を耳にして、みんなが音楽に夢中になっていたのである。
 それなのに、ボクときたら、カーペンターズは好きだったけれど、洋楽にはあまり興味がなくて、天地真理やら、小柳ルミ子の曲を、数本しかないカセットテープに録音して、母に知られないようにこっそりと聞いていた。時代に遅れている歌謡曲ファンのKは、その後相次いでデビューした麻丘めぐみ、アグネス・チャンたちのとりこになってしまう。当時、ほとんどの中学生が定期購読していた雑誌「中学1年生」は旺文社、「中1コース」は学研が発行していて、その中では特集が組まれ、その流れに乗っかって単純にアイドルの追っかけとなっていった。

 花の中3トリオ(森昌子・桜田淳子・山口百恵)は、学年が一つ上の人たちである。昌子さんにはあまり興味がなく、淳子ちゃんは「私の青い鳥」「三色すみれ」などは好きだったが、すぐに興味を失い(ヒット曲がなくなったせいか?)、高1のころは世間と同じように百恵ちゃんに興味を持った。ただ、母親には「あんたは、こんな曲聴いて!」と指摘されるのは恥ずかしい気持ちがあって、カセットに録音して聴くまではいかなかった。単なる百恵ちゃんという存在への興味というか、あこがれというかであって、ボクのアイドルではなかった。


後々になって手に入れたレコード。シンプルなジャケットだ!

 中3トリオが高校2年生になったころ、彼女たちと同級生の1人の新人がデビューする。歌・声・ルックスどれもステキで、スター誕生というテレビ番組で優勝してからとんとん拍子で街中に彼女の歌があふれ出すと、もう母親がなんと言おうとカセットテープに録って何度も聴いた。それくらい感情移入できる存在となった。それが岩崎宏美さんで、シングル2作目の「ロマンス」が大ヒットして、レコード大賞新人賞を獲得したときは、ボクは自分のことのようにうれしかったのである。それが高1の大晦日だった。
 しかし、歌謡曲を聴くというのは何となく恥ずかしい気分があって、クラスメートに公言できなかった。まわりの人たちは吉田拓郎・かぐや姫その他のフォークか、完全な洋楽のファンであって、日本の歌番組を見ているようなヤツは音楽的趣味が幼稚であると思われていた。

 それほどに70年代はフォークと洋楽だった。たしかにギター一本あれば歌が生まれ、みんなが歌い出し、声を合わせ、片寄せ合って、心を一つにする。すごくステキなことが生まれたのである。そんな雰囲気は80年代以降に続かなかったのは、バブルの時代だったせいもあるとは思うが、急速に人との連帯が必要でなくなったとのもこの時代だった。みんなで何かをする行事が急速に衰退するのが80年代で、フォークダンス、フォークソング、デモ、スト、ファイヤーストームなど、みんな消滅していったのである。

 戦争が終わって30年で1つの時代が終わり、それから40年あまりの歳月が過ぎて、今日本はどこへ向かっているのだろう。どこかで新しい価値観が生まれているはずなのだが、それはボクちの知らない小さな箱(スマホのこと?)の中での価値観のような気がしてならない。