その怨み、晴らします……第5話
ハラスメントを晴らす面々⑤
二十一時過ぎ。
功佑の退社後、仕事終わりの小林夕璃子に声を掛けるため、彼ら一行は職場近くのカフェに席を陣取っていた。とは言え、窓際の一人用の席。功佑以外の三人は入れ代わり立ち代わり、彼の中に入ってはコーヒーを愉しんでいる。
「あのう……これ以上飲めないんですけど……」
かれこれ一時間半以上、彼らはその席で粘り続けていた。その為コーヒー一杯では店に申し訳ないと、それぞれに好きなコーヒーを頼むことに。
杏奈は生前の名残漂う高価なスペシャルティコーヒー。忍野も生前から愛飲するマンデリン。そして春氏は、生まれてこの方(正確に言えば死んではいるが)珈琲を飲んだことが無かったらしく、その多彩な味覚に舌を奪われてしまった模様。夢中になって片っ端からスイーツ系の珈琲を注文する始末。味を楽しむのは杏奈、忍野、春氏の三人だが、それを受け入れるのは功佑の身体。その為彼は何度もトイレに駆け込む羽目に。
「これはこれはかたじけない……」
そう言いながらも、春氏はまだ半分以上残っているローズヒップラテをごくごくと飲み干した。
「そろそろ出てきてもいい頃なのに……」
せり出したテーブルに腰を据えていた杏奈が、時計の時間を確認するなりそう呟いた。
「おい! あの連中の中にはおらんか?」
店の前を過ぎていく複数の男女を前にして、忍野が声をあげた。
「ちょっと……待って……」
杏奈は窓をすり抜けて外に飛び出した。彼女はすれ違うその人の流れに身を投じ、小林の姿を探し始めた。今日、小林の顔を見ることが出来たのは杏奈だけである。彼女しか小林の顔は分からない。
「だめだ……あの中にはいなかった。ってか、五階の電気、まだ点いてるし……」
外から戻ってきた杏奈が、呆れたように言い捨てた。
「きっと佐山さんが居なくなった分、苦労してるんじゃない?」
功佑も相槌を打つ。
「で、三人とも、今日はどうだったの」
周囲を憚るようにして、功佑が小さく呟くと、杏奈が切り出した。
「こうじー、周りの目もあるだろうから、スマホにメッセージするわ。そしたらなんか自然でしょ?」
端から見ればひとりでぼそぼそ呟きながら、いろんな種類のコーヒーを飲んではトイレに駆け込む変な客。誰も何も言わないが、流石に周囲からの目が痛々しくなってきている。
それに気づいてくれた杏奈に感謝しつつ、功佑はバッグの中からスマホを取り出した。メッセージアプリを開くと、早速長文のメッセージが届いていた。
『小林っていう女、なんか隠し事をしてるみたい。憑依してみて感じたんだけど、なんか物凄く不安なことがあるみたい。佐山って男への謝罪の念かと思ったけど、どうもそうじゃないみたい……仕事もそつなくこなしてて、周囲とのコミュニケーションも良好。外から見る分には何の問題も無いんだけど、一人だけやり取りが不自然な女が居たわ。受付に居た小柄な女性。そいつとなんか意味深な表情でやり取りしてて、どうもその女に弱みを握られてるみたい。彼女と喋ってる時が、かなり心拍数が上がってたわ。んでね! その受付の女がいけ好かないのよ! 雌の臭いプンプン漂わせてて、多分三船とも繋がってる気がする』
その女とはきっと佐山が言っていた若林の事だろう。功佑が返信しようとした刹那、杏奈が彼の肩を叩いて窓の外に視線を促した。店の前には、双肩に疲労感を匂わせた一人の女性が歩いていた。
「小林さん出てきた、行くよ!」
耳元で囁くや、杏奈は功佑の手を引っ張った。
「ちょ! 待って! このまま出たら無銭飲食になっちゃう!」
功佑がうろたえると、手に持っていたスマホの画面が勝手に動き出し、バーコード決済の決済音が店内に鳴り響いた。
「ご、ご馳走様でした~」
杏奈に強引に引っ張られ、功佑は表の道に飛び出した。
「さ! 行ってこい! 怪しまれずにちゃんとナンパして来い!」
杏奈はそう言うと、功佑の背中をどん! と叩いた。
「ちょ! ちょま……」
怖気づきながらも、及び腰で小林に駆け寄る功佑。
「あ、あの……すみません、えっと……あの……」
挙動不審な声掛けに、小林は訝し気にその脚を止めた。
「私……ですか?」
振り向いた彼女の顔を見て、功佑は息を飲んだ。
『き、綺麗だ……』
佐山が死んで尚も、心配や執着する気持ちがその一瞬で理解できた。聡明で知性溢れる相貌を温和という柔らかなベールで包み込んだ尊顔は、一瞬にして男の目をくぎ付けにする。
そこには疲労の表情も垣間見えたが、それさえもアンニュイな彩りを加味し、また違う魅力を発散していた。三船がモノにしたいと欲望を掻き立てるのも、十二分に納得できた。しかし、それを行使するのは別問題。
功佑は自分を律しながら、言葉を見つけようと今一度彼女を見据えた。
「あの……どちら様ですか?」
「あ、えっと……その……僕……」
「何です? 何もないんなら、どいて貰えます?」
本当にナンパと思われたのか、小林に冷たくあしらわれる功佑。
「ああ! まどろっこしい! 見てらんないわ!」
まごまごする功佑に我慢できなくなった杏奈は走り出した。
「ちょ! 代わって!」
杏奈は功佑の中に入り込み、彼からイニシアチブを奪い取った。
「急にすみません、えっと、僕、一緒のビルで働いてる河東と申します。興亜物産の小林さんですよね?」
杏奈に憑依された功佑は、急に軽快な喋り口で小林に名刺を差し出した。
「はあ……」
小林は徐に受け取ると、功佑の顔をまじまじと見つめた。
「あ、エッジさんとこの社員さんでしたか。どうりでどこかでお見受けしたような気がしました。で、私に何か御用でしょうか?」
「実は……」
急に神妙な面持ちになる杏奈の功佑。
「僕……以前そちらで働いてた佐山健司の友人でして……」
その言葉に小林の顔は一瞬引きつった。
「え……」
「ここではなんですので、どこかで少しだけお話を伺えませんか?」
杏奈が繰り出す、功佑の真摯な眼差しに射抜かれたのか、小林は無言で頷くのだった。
「なんてこったい……みんな、揃いも揃って……」
一時間後。
功佑は小林が帰った席を見つめながら、泥水と化した冷めたコーヒーを飲み干した。
さて、どうしたものか? 彼は彼女から聞いた話に頭を抱え込んだ。
「見かけに寄らないものでござるな……」
「あのおなごも、気苦労が多いんじゃろうて。一方的に責める事は出来んじゃろうに……」
「ちょっとあんたたち、甘過ぎじゃない?」
気難しい顔をする男性陣を前に、杏奈は苛立ちを露にした。
「三人揃って鼻の下伸ばしちゃってさ! あの子、仕事出来るみたいだけど、自分に甘いっていうか、自制心無さすぎ!」
小林の流した涙に、杏奈だけはどうしても納得できなかった。同じ女性として、否、同じ社会人として、杏奈は小林の考えの甘さが許せなかった。
功佑たちは小林に声を掛けた後、さっきとは違うカフェへ入っていた。杏奈が成り済ました功佑は、言葉巧みに小林に心を開かせていった。
しかし、彼女から出て来る言葉は腑に落ちないものばかり……
「え……佐山さんって……亡くなられたんですか?」
小林は佐山が死んだ事さえも知らなかった。
その事実に四人は、途方もなく虚しさを覚えた。
佐山の訃報に表情は曇ったものの、それは功佑たちが予想していたような、哀しみに暮れるものではなく、どことなく迷惑そうな『嫌気』さえ感じるものだった。
佐山の過敏なまでの小林への心配をよそに、彼女のその表情はどこか他人事のようで、功佑ら四人は、その温度差にひどく落胆を覚えた。
「佐山はずっと小林さんの事を気にかけていました。あなたには迷惑をかけてしまったと。だけどその思いは報われぬまま、あらぬ疑いも晴れぬまま、彼は自らの命を絶ちました。彼のその時の気持ちを考えると、僕はどうしようもない程に悔しいんです! きっと彼もそれ以上に悔しくて、いや、それを通り越して絶望していたんだと思います。僕はその佐山の無念を晴らしたい……そう思って、今日、あなたに声を掛けるに至りました。佐山からもう、ある程度の事は伺っています。その中でどうしても分からない事があります。単刀直入にお伺いします。あの日、ハラスメントのヒアリングがあった前日の夜、一体何があったんですか? 何故、本当の事を話してくれなかったんですか?」
杏奈、否、功佑は自分の言葉で、小林に斬り込んだ。
「佐山さんには、お仕事では大変お世話になりました。ですが、私たちの関係はあくまで仕事上なだけで、個人的な繋がりは一切ありません。電話やメールも仕事以外での連絡は取ってはいませんでした。だから、そんな、死んでただなんて全然知らなくて……私だけじゃありません、きっと職場のみんなもその事は誰も知らないと思います」
その口ぶりはどこか言い訳じみていた。まるでその質問の答えをはぐらかすように、彼女は佐山との関係を有耶無耶にする。
「佐山との関係性については分かりました。ただ、分かって欲しいのは彼は同志としてあなたを大切に思っていた、先ずはこれだけは理解してください」
「……分かりました……」
バツが悪そうに俯く小林。その様を見て功佑は、出かかった溜め息を一度飲み込んだ。
「それで話を本題に戻します。ヒアリングの前夜、所長の三船さんとは何があったんでしょうか?」
小林は俯いた顔を一度上げ、ほんの数秒だけ唇を噛みしめた。そして功佑に視線を戻すと、ゆっくりと口を開いた。
「あの日の夜……私は三船にホテルに呼び出されました。酒に酔っていた三船は、私を呼びつけるなり……」
小林はそこで言葉を詰まらせた。きっと下世話な内容に触れるのであろう。彼女は慎重に言葉を見つけようとしていた。彼女は唇を一度噛みしめると、再度話し始めた。
「すみません……三船は私と事に及ぼうと無理やり抱き付いてきました。……ですが私もさすがにそれだけは我慢できなくて抵抗を続けました。結果的にはその日は事に至らずに済みましたが、その分私は乱暴を振るわれ、体中に怪我を負いました。併せて沢山の暴言を浴びせられ、精神的にも追い詰められました……」
「ということは、佐山との間には、あの動画のような出来事は無かったんですよね? それにあの動画は誰が作ったんですか? 何故あんなでっちあげを働いたんですか?」
功佑の問いかけに、小林は目を合わせ辛そうに下を俯くと、深く溜め息をついた。
「私と佐山さんの間には、動画のような事実はありません。それにあの音声はあの日、三船が私と事に及ぼうと乱暴した時のものです。私を自分の物にする為に、あの男は一部始終を盗撮していました。動画の序盤の私と佐山さんの姿も、三船がホテルの陰から撮っていたそうです。そして佐山さんへの腹いせにその録画データを基にして、うちの職場の若林という者に即席で作らせたものが、ネットに拡散された動画です……」
声を震わせながら告白する小林。しかし功佑たちには、その声は事実を話すことで、責任の在り処を三船たちに集中させ、質問を回避しようとしているようにしか聞こえなかった。
「じゃあ、何故あの日、嘘をつかれたんですか? はっきりあなたが真実を言えば、佐山が死ぬような羽目にはならなかったはずですよね?」
功佑は更に語気を強めた。小林さえ嘘をつかなければ、こんなことにはならなかった。一つの命を護れたのかも知れない。そう考えると、彼は声を上げずにはいられなかった。
「ごめんなさい……」
功佑の急な熱の帯び様に、小林はまた言葉を詰まらせた。
「辛い事を思い出させてすみません。でも、人が一人死んでるんです! 何度も言いますが、佐山はずっとあなたの事を大切に思っていました。だからこそ本当の事が知りたいんです。佐山の思いを無駄にしたくない。どうかご協力ください!」
功佑は佐山の代弁者として、その思いをまっすぐに小林にぶつける。その揺るがない熱意を察し、杏奈はそっと彼の中から抜け出し、彼の背後に立ってその肩に手を乗せた。
更に小林の後ろでは、春氏と忍野が、小林に洗いざらい打ち明けさせようと、搔き集めてきた低俗霊をばら撒き始めた。
悲痛な想いを胸に秘めたままこの世を去り、低俗霊と化した悔恨の念が、小林の周りにわらわらと漂い始める。誰かに秘密や真実を自白させる際には、この悔恨の低俗霊を使うのが定石。小林に本音を吐かせるために、低俗霊たちがあの手この手で彼女の心の内に入り込み、そして畳みかけてくれる筈。
『何を隠してる?……』
『言えばスッキリするよ……』
『聞かせておくれ……』
悔恨の低俗霊たちは小林の耳元と胸の内で囁き、執拗に彼女を自白へと誘導する。その声に感化されたのか、噛みしめていた唇を解くも、小林はまだ次の言葉を見つけられずにいた。
「あの拡散された動画、僕も見ました。あからさまに雑な作りで、誰が見てもフェイクである事は簡単に分かります。ですが小林さん、あなたはそれを否定しなかった。何か三船さんに弱みでも握られているんですか? 何故、同志である佐山を三船さんに売ったんですか? 佐山はさっき言われたようにあなたに乱暴なんか働いてない! それ以上にあなたを護っていた! そうですよね?」
勢い余って、また功佑は小林に詰め寄った。彼の脳裏には、彼女を語る時の佐山の表情が甦えっていた。柔和な顔をくしゃくしゃにして、笑ったり泣いたりする彼の顔は、死人でありながらも活き活きとしていた。その佐山の思いの深さを考えると、小林の判断がどうしても『裏切り』にしか思えなかった。そのわだかまりは功佑だけでなく、杏奈、春氏、忍野も同じ事。
「覚悟さ決めんかい!」
忍野が痺れを切らして一喝する。それに合わせて低俗霊たちの動きも活発になった。より一層、小林の心の内に追い打ちをかけてゆく。
「ご、ごめんなさい……わ、私は、佐山さんに心配してもらえるほどの女じゃないんです……ごめんなさい……本当にごめんなさい……」
急に声を震わせながら泣き出す小林。その急な展開に功佑、春氏、忍野は躊躇した。言い過ぎた、追い詰め過ぎたと、急に申し訳ない気分に苛まれた。しかし一人、杏奈だけはその涙に訝し気な視線を送るのだった。
「私にとって、高苗営業所への異動はまさに左遷でした。もちろん給与も下がりましたし、今期の賞与だって私は受け取れません――」
しばし声を殺して涙を流した後、覚悟を決めたかのように、小林は三度口を開いた。
「本来であれば私は懲戒処分を受ける身なんです。ですが、今までの会社への貢献度を考慮していただき、三船専務の計らいでこの高苗営業所への異動で、その処分を抑えていただきました」
「うん? どういう事ですか?」
功佑たち四人は皆、はてな顔。
そんな最中、小林の周囲では活発に低俗霊が蠢き、彼女の『秘密』の扉をこじ開けようとしていた。そして最後の最後に大きく深呼吸をすると、小林は功佑の目を見据えた。
「私、会社のお金を横領したんです」
「はい?」
これまた急な展開に功佑たちはまた困惑する。
「自分で言うのもなんですが、本社の営業部にいた時も、私は常に営業成績はトップを走っていました。当時扱っていたのは半導体でしたので、今とは比べ物にならない規模のお金が動いてたんです。当時の私は負け知らずで正直、思いあがっていました。私の打ち出す稟議は全て通り、全てが上手くいく、そう思っていましたし、実際そうでした。ですがその分、私を快く思わない連中が居たのも確か。どんなに男女平等と世の中が謳っても、私の周囲には一回りも二回りも世代が上の男ばかり。その中で生き残っていくには、痛みも伴いました。やれ『女』を使っただの、『金』による『便宜』を図ったなど、根も葉もない噂を立てられ、あからさまな妨害も受けました。そしてそんな中、称賛されるのは私の上に胡坐をかく『男』ばかり。その現実が馬鹿らしくなって、私は鬱憤を晴らすようにして、湯水のように金を使って、派手に遊びました。都内のホストクラブで一晩で数十万も使ったり、ブランド物の服やバッグを片っ端から買い漁ったり……そんな日々が数年続き、気が付けば預金は底を尽き、借金まみれになっていました。それでもその生活を捨てきれずに、私は金策に走りました。そこで私は、自分に対しての監査が緩い事をいいことに、本社と取引先にそれぞれ違う見積を提出し、そこで得た差益を懐に着服していました。もちろん罪の意識はありました。だけど、今の生活を維持するためにはやむを得なかったんです」
一気にそこまでを話し終えると、小林は冷めたコーヒーに初めて口を付けた。
「引いたでしょ……」
話の内容に、逆に功佑はコーヒーを口に運ぶのを躊躇った。
「私の横領に気付いたのは専務でした。社内監査も専務の仕事で、いとも簡単にバレてしまいました。ですが私は入社時に彼の下で薫陶を受け、営業成績もトップクラスで、一番可愛がってもらっていました。きっとあの人なりの恩赦だったと思います。この件を上層部には知らせずに、その差益は一旦彼が建て替えて、私が毎月返済するという事で収めてくれました。ですがこの隠蔽がいつ暴かれるか分かりません。このまま手元に置いておけば、私へ追及が及ぶと判断したのでしょう。内部的な処分も含めてこの高苗営業所への異動を、私に言い渡しました。更にはその事情を三船にも伝えていたみたいで、彼に私を託していたようです。因みに専務は弟である三船を溺愛していて、彼の所業を実は知らないんです。専務は怒らせるとどんなことになってしまうか見当もつかないくらいに、みんなから恐れられています。その為、みんな三船の振る舞いを敢えて黙認というか、誰もそれに触れようとはしません。案の定三船は私の事情を逆手に取って、手玉にしようと躍起でした。あの夜以前からもモーションはずっとありました。ですが結果的に身体を許さない私に対して、その代わりに佐山さんを陥れるために嘘の発言をしろ、と言ってきたんです。もちろん反対しました。ですが逆上した三船は、私に殴る蹴るなどの激しい暴力を働いた末に言ったんです。嘘の発言をしなければ、横領の件を上層部にばらすと……その時点で専務を通じて完済はしていましたが、それが明るみになると警察沙汰にもなりかねません。ましてや私を庇ってくれた専務にまで、迷惑をかけてしまう事になってしまいます。私はその脅しに成す術もなく屈しました。あの夜、私に許された選択肢はそれしかなかったんです。本当に、本当に、どうしようもなかった……誰かに相談出来る訳でもなく、あの瞬間で私は決断せざるを得なかったんです。勿論、佐山さんには申し訳ない事をしたとは思ってます。だけどこうするしか無かったんです……」
低俗霊たちの働きによって、小林は矢継ぎ早にその秘密と本心を吐露すると、声を上げて泣き始めた。そしてひたすらに謝罪に似せた言い訳を、涙ながらに繰り返すのだった。
事の真相は分かったものの、功佑たちはこの事実をどう扱うか頭を抱え込んだ。
三船のハラスメントを白日の下に晒す事に重きを置けば、必ずや好奇の目が小林にも飛び火する。横領した金額はすでに完済し、内々に収めてはいるものの、それは専務の手の中の話の事。もし上層部にばれて、それが世間に広まるようなことがあれば、三船だけではなく、その兄である専務、そして小林の人生さえ左右しかねない。
『横領』『もみ消し』『証拠隠滅』
ネットや週刊誌に躍り出るであろう、ある事実を一方的な視点でのみ助長する言葉たちが、功佑の頭の中を乱舞する。佐山からの、小林を巻き込まないで欲しいという願いもある。ここは慎重になるべき。
「きっとこれからはより一層、三船はあの子に身体を要求してくるわよ。それをあの子はどうやって回避するのかしら?」
困惑する功佑をよそに、杏奈はそう言うと、小林が座っていた椅子に腰を下ろした。彼女の残り香に、その真意を確かめるかのように、目を大きく見開き、微かに鼻を鳴らす。そして残されていたコーヒーカップに手を添える。
「なんか、無性に腹が立つのよね……」
「え、なんで?」
功佑ら男性陣は目を丸くする。
「なんかね、、しんどい事や哀しい事で出来た傷を、他の事で穴埋めしようとしたり、バリキャリ装って色んな事人のせいにして、私は悪くありません! って顔するの、ちょっと自分と似てるのかな? って。そう考えるとやけに腹立たしいのよね……」
澄んだ目で気持ちを吐露する杏奈。彼女が溜め息を零すと、先程まで小林に絡みついてたであろう低俗霊の一匹が、杏奈の鼻の中から飛び出して行った。
「おお、まだ残っとったか……ご苦労じゃった」
忍野が快活に笑い、その低俗霊に手を振る。
「ちょっとぉ! 何言わせてんのよ! 違うからね! あの女と私、これっぽっちも似てないからね!」
残っていた低俗霊のせいで、つい本音を零してしまった杏奈は、顔を真っ赤にしながら、前言撤回をするのだった。
