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その怨み、晴らします……第2話

ハラスメントを晴らす面々②

「はい、増刷分の納品、今日中によろしく!」

 昼休みを過ぎてすぐ、先輩である体育会系の乙川が、功佑のデスクの前に三台のキャリーカートを持ってきた。そのカートには、功佑が働く『エッジ』が発行するタウン情報誌、『マンスリーなび たかなえ』が満載されていた。
そして功佑は、その量に眉をひそめる。

彼が働く『エッジ』は、地元のラジオ局FMたかなえが運営する出版事業部。主な出版物に、タウン情報誌『マンスリーなび たかなえ』があり、高苗市内の飲食店を中心に、高苗市でのイベント等、さまざまな地域情報を紹介している。
ここで功佑はライター見習いとして雇われているが、今までに記事を脱稿したことは一度も無い。ほぼ雑用係として、体よくこき使われているのが正直な所。特にルート先への納品はほぼ彼に任されていた。本来であれば担当記者が挨拶も含めて届けるのが規則。
しかし皆、記事の脱稿に追われている真っ最中。そうなれば自ずと一人締め切りの無い功佑へと、そのお鉢は回ってくる。『個人』を最優先する昨今の風潮の中、彼には拒否するという選択肢とその権利は、与えられないままだった。

「さて……どうやって怨みを晴らすべきか……」
 納品を終えた功佑は、運転する社用車の中で一人呟いた。
 今朝出くわした男の霊の顔が、彼の頭をよぎる。
 
 彼の名は佐山健司。享年三十八歳。
功佑が働くエッジと同じオフィスビルの五階を占拠する、『興亜物産・高苗営業所』の社員だった男。
興亜物産は金属資源・化学品、および食料品など『生活』に寄り添うあらゆる商品を、製造・販売する総合商社である。この高苗営業所は食料品の営業・販売を担っており、製造工場および、物流倉庫も市内に設けられている。
そんな一流企業に勤めていた佐山が何故、自らの命を絶つに至ったのか……

「あの男は最低のクズです! どうにかしてあの男を懲らしめる、いや、社会的に抹殺することは出来ませんか?」
 余程憎んでいるのか、今朝の佐山の表情は怒りに満ち溢れていた。
「あの男とは?」
「すみません……私の直属の上司で、ここの所長の三船という男です。あの男の傍若無人には、社員全員もう我慢の限界なんです!」
その迸る勢いに任せて、彼は自らの命を絶った経緯を話し始めるのだった。

佐山曰く。
 三船という男は、その高苗営業所の所長。
 そして無類のパワハラ気質。まさに時代に逆行する男だった。
それもそのはず、彼の兄は本社で専務を務めており、鬼専務と周囲からは恐れられる存在。
そんな兄の威を借りて、彼は我が物顔で威張り散らしていた。
男性社員には激しい叱責に、叩く・殴るなどの暴力を、女性社員には執拗なボディタッチ、身体の関係を迫るなどパワハラ・セクハラ三昧。
そして彼は、社員全員の身辺調査を行い、家族構成や交友関係までも調べ上げる。重ねて彼らのSNSも監視し、そのプライベートまで制圧するという徹底ぶり。
更にはその部下たちの個人情報を吟味し、好みのタイプの女性社員と、駒として使えそうな男性社員を、彼は直属の部下として配置するのだった。手元に囲い込むことによって彼らを懐柔し、首輪と足枷を付けて意のままにする。それが三船のやり方だった。
それにより心を病んでいく社員たち。勿論佐山もその一人だった。
仕事でミスをしようものなら、『使えない』だの『給料泥棒』だのと、他の社員たちの前で怒鳴り付けられる始末。更には飲みの席での送迎に深夜に叩き起こされたり、好みの女子社員と二人っきりになれるようなセッティングさせられたりと、もはや『仕事』ではない事にまでそれは及んだ。そんな毎日に、佐山はそれを『当たり前』だと自分に言い聞かせ、身も心も麻痺していくのだった。

「そして、あいつは小林さんにまで手を……」
 しかしその名を呼ぶと、佐山の声は熱を帯びた。
 小林夕璃子。
彼女は本社の営業部より異動してきた、優秀な女性社員だった。この高苗営業所でもすぐにその頭角を現し、契約件数もトップを走り続けていた。容姿端麗で物腰柔らかく、清楚且つ上品。たちまち高苗営業所のマドンナとなった。そしてもちろんの事、そんな才色兼備な彼女を三船が見過ごす筈が無かった。三船は異動当初より、彼女を自分の手元に置き、あれやこれやと世話を焼く。小林自身も三船の下心は分かっているようで、巧みにかわしながら、その関係は絶妙なバランスで平行線を維持していた。
しかし、それに痺れを切らした三船は強硬策に出る。
小林の労をねぎらうと称して、佐山を含めた三人で酒の席を設けたのだった。嫌な予感しかしない佐山は、しぶしぶ三船の指定した居酒屋に予約を入れる。案の定、開始早々三船は執拗に小林に酒を勧める。佐山は三船が暴走しないことを祈りながら、味のしない酒を口に含み続けた。

そして……
二十二時を回った時点で、佐山の心配をよそに、三船は二人を残してその席を立った。
「あまり遅くなるなよ……」
 さも上司らしい台詞を置き土産に、三船はその場を去って行った。
 佐山も小林も、三船のあっけない幕引きに目を丸くしつつも、ほっと胸を撫で下ろした。
「もしよかったら、このままもう少し飲みませんか?」
 そう誘ってきたのは小林の方からだった。勿論佐山には断る理由などない。彼はにっこり微笑むと、小林の空いたグラスにビールを注ぐ。二人は互いに三船の下で苦楽を共にする仲。
ここぞとばかりに三船の悪口を肴に、二人は時間を忘れて語り、笑い合った。それは佐山にとって、まさに至福の時間だった。このまま時が止まればいいのにと、心の中で願わずにはいられなかった。
そして閉店間近の二十三時四十分過ぎ、語り尽くせぬ二人は、渋々その居酒屋を後にした。
「駅まで送りますよ。ぎりぎり終電には間に合いますよね?」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
 二人は酒の勢いもあってか、他愛もない話に終始顔をほころばせながら、駅までの道を愉しんだ。

『この道は……』
 佐山はその道程、とあることに気が付いた。駅までの道沿いには、『休憩』や『宿泊』という文字が踊り、すれ違う人々は肩を寄せ合い、俯くように煌めく照明の中へと消えていく。

「電話?」
 その様子に目を奪われていた佐山は、鞄の中でひたすらに鳴動するスマホに気が付いた。
慌てて鞄の中に手を伸ばし、着信者を確認すると……
「うげっ……」
 佐山は一瞬にして現実に引き戻された。
その着信は三船からだった。出る? 出ない?
 彼が躊躇していると、
「きゃあ!」
 隣を歩いていた小林が、悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。佐山はスマホを鞄に戻すと、倒れた小林に手を伸ばした。
「だ、大丈夫ですか?」
「いったあい……」
 彼女の足元に目をやると、パンプスの折れた踵が転がっていた。
「もう! なんでぇ?」
「ほら、小林さん、立てますか?」
「うん……」
 酒のせいか、小悪魔じみた彼女の表情に佐山は躊躇したが、そっと彼女の手を取って立ち上がらせた。その際、ほのかに薫る彼女の薫りに、ほんの一瞬だけ彼は理性がぐらつくも、
『ここで溺れたら三船と同類だ!』
 その思いが彼を留まらせ、無事に彼女を駅まで送り届けるのだった。
 

翌日、佐山は出勤してすぐに三船に呼び出された。
「なんで電話に出なかった? メールも散々しただろうが!」
「申し訳ありません……つい、飲み過ぎてしまい、気付くのに遅れてしまいました」

 その三船から届いたメールは以下の通り
『小林君は飲み過ぎたはず。私が送るので次の場所へ連れてくるように。ホテルポンパドール ルーム237』
この文面は言わば命令。
 飲み過ぎた=動けなくなるまで飲ませろ、と言う意味。その命令通りに小林を連れて行けば、間違いなく彼女は傷物になっていたはず。メールが届いていたのは二十二時十五分ごろ。
三船が店を出てすぐだ。彼は最初からそのつもりだったのだろう。だからあんなラブホテルが密集した付近の居酒屋を選んだのだ。そしてメールと着信は交互に絶え間なく繰り返され、反応しない佐山に対して、罵詈雑言の限りが尽くされていた。
佐山はあの煌びやかなネオンの先に、背筋の凍るような嫌悪感を覚えた。そして逆に、三船からの連絡に気付かなかった自分を、誇らしくさえ思うのだった。

「佐山……お前は上司の命令に背いた。その意味が分かるか?」
「大変申し訳ありません……」
 凄む三船に頭を下げる佐山。
「謝罪はいらん。この失態をどうするつもりだ? その行動如何では、お前の今後の進退にも影響しかねんぞ!」
 失態?
 佐山は失態など犯していない。しかし三船は、まるで会社の金を横領でもしたかのような激昂ぶりである。昨晩で三船はきっと、小林をモノに出来ると思い込んでいたのだろう。しかしその期待を佐山は図らずも無下にした。本音を言えば、心の奥底ではしてやったりと思う自分さえいる。しかしそれを振りかざせば彼は針の筵と化す。
しかし、誰かが言わなければ!
 昨日の小林の屈託のない笑顔が、彼の背中を押す。

「所長……昨日は申し訳ありませんでした。ですが……」
「ですが、何だ?」
「業務に於けるご指示に関しましては、これからも誠心誠意取り組ませていただきます! ですが、業務から離れた、至極個人的なご意向に関しては、お応えすることは出来兼ねます。特に他の社員を巻き込むような事例に関しては、金輪際お応えすることは出来ません」
 佐山は思いの丈を必死に言葉にした。三船に通用する筈もない。しかし、誰かが言わなければ延々と被害者は増えていく。そう自分を奮い立たせ、佐山は勇気を振り絞った。
「佐山! 貴様!」
 三船はデスクを飛び越えて、佐山のネクタイを引っ張り上げた。
「さぞかし気持ちがいいだろうな、正義の味方さんよ! しかしな、貴様のその自己満足の発言が周囲に及ぼす影響をもっと考慮すべきだったな。貴様は俺の信頼を裏切り、事もあろうか盾突いた。その代償は大きいぞぉ! どんなに謝罪しようが容赦はせん! 世の中は貴様の思うような綺麗事では成り立っとらん。その甘っちょろい正義感に思う存分後悔するがいい。そう言えば、貴様の両親は田舎で食堂をやっていたらしいな……」
 三船は憤怒で顔を真っ赤にすると、握りしめていた佐山のネクタイをそっと手放した。
「話は以上だ。下がりなさい」
 そう言うと、三船は自分のデスクに戻り、まるで何事も無かったかのように仕事に戻った。
 佐山は彼の言葉の意味を測り兼ねた。きっと怒りに乗じて出た、ただの脅しのはず。
 そう解釈すると、会釈もしないままに彼は所長室を後にした。

それからおよそ一週間、三船は何も動きを見せなかった。
やはり口から出まかせか、彼はいつもと変わらぬ態度と表情で、過度な行動には出てこなかった。されどあの男の事。どこかのタイミングで佐山への態度は厳しくなっていくはず。
それは覚悟の上。佐山はその覚悟を小林の屈託のない笑顔に誓うのだった。

しかし数日後。佐山は三船が言った言葉の意味を、痛い程思い知らされるのだった。

その日、本部よりハラスメントについてのヒアリングが急遽行われる事となった。
またとある動画がネットに拡散されたらしく、佐山にはそのヒアリングもあるらしい。それが興亜物産に対してのコンプライアンスに影響があるのだという。
いっそのこと三船の事を打ち明けるか……そんな思いもよぎったが、これ以上波風を立てるのは得策ではない。彼は今回も口を噤む意思を固めるのだった。
そして『動画』というワードに全くピンと来なかった彼は、その通達を殊更に問題視はしなかった。しかしその『動画』が、彼を飲み込む事となる。
「佐山君、君は常日頃から周囲に対して高圧的な態度を取っているそうだが、何か不満でもあるのかね?」
 順番が来て、会議室に通されると予想もしない質問を浴びせられた。彼の目の前には、三船の兄であり興亜物産の専務でもある、三船敏夫が座っている。彼はハラスメント対策室の室長でもあり、今回の対策の責任者として、主要営業所へのヒアリングを室長自ら取り仕切っていた。
「私が高圧的ですか?」
 寝耳に水な彼は、何の話かよく分からなかった。
「今回ヒアリングしたところ、他の社員からも君の言動について不満の声が上がっていてね、日頃からみんなに対して、かなりきつく当たっているそうじゃないか」
「いえ、滅相もありません。私は、その……日頃から気を遣っているつもりですが」
「君はそうかも知れないが、後輩社員たちは君の言動を快く思っていないのは確かだ」
「え? そんな……」
「それに君……女子社員に対しても淫らな接触が多いらしいじゃないか」
 専務は佐山の言い分を聞くことなく、ハラスメントの加害者として断定したうえで、尋問へと誘導している。この流れで彼が弁明すれば、状況は悪化する一方。あまりもの強引な流れに佐山は返す言葉を見失った。
「どういう事か説明してもらおうか!」
「いや……そうおっしゃられても……身に覚えのない事について説明は出来かねます」
 佐山は努めて冷静に、慎重に言葉を選んだ。
「では、この動画はどう説明するつもりだね?」
 専務はそういうと、手元に置いていたタブレットを渡して見せた。彼は専務から恐る恐るそれを受け取ると、震える指で再生ボタンをタップした。 
「こ、これは……」
 佐山はそこに映された動画に息を飲んだ。そのタブレットに流れた動画とは……
『こうして私は穢された……』
 と題されたテロップが暗闇の中に浮かび上がると、画面には盗撮されたであろう、ホテル街を歩く二人の男女が映し出された。そして一人の女性が倒れ込み、男が手を取り立ち上がらせ、また画面は真っ暗になる。更にテロップにはそのあとホテルに連れ込まれ、暴行を受けたと記される。そのテロップが消えると真っ暗な映像の中、必死に嫌がる女性の声と、事に及ぼうとする男の罵声が差し込まれる。そして不意に映し出される傷だらけの女性の姿。
そして最後の数秒だけ、彼女を傷物にしたと目される、加害者男性の顔写真と氏名が晒された。
佐山は唖然とする。その男女とはまさしく佐山と小林であった。しかしこれは嘘だ。誰かが嫌がらせに即席で作ったに違いない。
「あ、あのこれは嘘です! いったい誰がこんな動画……」
「まだしらばっくれる気か?」
「いや、こんな事実はありません! お願いします! 信じてください!」
「では実際に、被害者と話してみてはどうかね? 君、入りなさい」
 専務の声と同時に入口のドアが開き、小林が三船に連れられて入ってきた。彼女は動画にあったように顔や首、手足に傷を負い、見るに堪えない痛々しさだった。昨日まで元気に仕事をしていたのに、きっと昨晩に彼女に何かが起きた……
そうとしか考えられなかった。

「大丈夫かい? さ、ここに座って」
 まるで介抱するかのように、小林の肩を抱きながら、三船は彼女を専務の隣に座らせた。
 そして、勝ち誇ったような眼差しを佐山に投げかける。その態度で、佐山は自分の置かれた状況を理解した。小林は顔を伏せたまま、一切佐山を見ようとはしない。小刻みに震え、何かに怯えているかのようだった。
「小林君、この動画にて語られていることは、本当のことかい?」
 小林は俯いたまま。
「ほら、勇気を出して」
 三船がそっと彼女の肩に手を乗せる。その瞬間、彼女の身体は極度に強張った。
「はい……全部、事実です……」
 小林は身体を震わせながら、声を絞り出した。佐山はその怯えように、事の重大さを更に痛感するのだった。

 そしてネットに晒された動画は瞬く間に拡散され、激しい誹謗中傷の的となった。佐山の顔と氏名が晒されていたことにより、佐山個人が特定され、世間からの彼への批判は熾烈を極めた。彼のSNSは瞬く間に炎上し、ほぼ何も更新していなかったにも関わらず、アカウント全てを削除する羽目に追いやられる。そして、三船がこぼした言葉も現実となった。

両親が営む食堂まで特定され、ネット上で袋叩きに……
ある動画配信者が店を訪れ、店内や料理、そして佐山の両親の顔までネットに晒し、『ハラスメント食堂』などと好き勝手にのたまう始末。それにより店へのいたずらが頻発し、常連客の足は遠のいた。

「あんた! 何やらかしたの? えりゃぁ店に抗議の電話やら、いたずらやらさ、ほんと半端ないよぉ。お客さん全然来んくなって、ちょっと店開けられんがよ」
 ネットに疎い母親は事の次第が分からず、さも迷惑そうに息子に抗議の電話を掛けてきた。
「ごめんて……どうにかするけえ……」
 佐山は詳細を打ち明けるのを避け、無難な言葉で母親の抗議を交わし続けた。
 どうにか……
 しようも無ければ、そんな気さえもう彼には起こらなかった。
 この策略に立ち向かったとて、それにより失うものの方が、その代償は大きい。それに世間は常に新しい話題に飢えている。数週間も経てば、また新たな餌食が世間を賑やかし、佐山の事など忘れ去られるはず。先ずは静観、流れ去るのを待つのみ。
そうして、彼は口を噤む。

しかし……
 世間は『ハラスメント』への関心と執着が殊の外強く、動画の件はそう簡単には収束しなかった。ましてや当事者の知らない所でより一層議論が白熱し、その矛先は興亜物産にまで向けられる。事態を重く見た専務は、佐山への懲戒解雇を決断し、それをSNSにて発表する。ネット上の見えない陪審員達は、興亜物産のこの厳重処分に、称賛の声を上げた。
そしてそれに乗じて、興亜物産は『ハラスメント撲滅企業』として、その名乗りを上げるのだった。

「私はただ正しい、いや、間違っていないと思う事を声にしただけなんです。なのに、こんな事になるなんて……」
 事の一切を功佑に打ち明けた佐山は、その目に涙を浮かべた。
 あの夜以降、彼を取り巻いたのは、見知らぬ誰かたちからの断罪と、見知っている人たちの見て見ぬふり。佐山を知っている者は、糾弾されている彼に、誰一人として手を差し伸べようとはしなかった。高苗営業所の面々もそう。三船の傍若無人に苦労した同志であったにも拘らず、彼が見せしめに遭うと、巻き込まれないように口を揃えてだんまりを決め込む。
その無情さに佐山は孤立し、ついには誰とも口を聞かなくなった。
そして解雇により職を失い、路頭に迷う。
それ以後、再就職に向けて奮起するも、どこも結果は一緒。『動画』の陰が付いて回り、どの企業も彼を敬遠する。選ばなければ仕事はあるとタカを括っていたが、一度貼られた印象はそう簡単には拭えない。汚れた彼を受け入れる度量など、どこの企業も持ち合わせてはいなかった。
 そんな毎日が続き、彼は定職に就くことも出来ず、金も底を尽き、食べる物さえなくなった。このマンションから追い出されるのも、もはや時間の問題。実家に戻るという手も無くはないが、四十路を前にした男が、無一文で親元に駆け込む……それはどんな顔をしていいか分からなかったし、それ以上にまた両親に迷惑を掛けたくもなかった。
 哀しみに暮れる涙も出尽くし、もう、全てがどうでもよくなった。更には『考える』事が億劫になり、延いては生きる事そのものが苦痛になった。
そして彼は、その命を一本の紐に委ねるのであった。
 しかし。
 彼の心の奥底に残った三船に対する『怒り』と、小林に対する『心配』は昇華することは無かった。死して尚この世に留まり、そしてそれは怨念と化した。。

出勤中であるにもかかわらず、佐山の心の内を聞き入れる功佑。もはや遅刻している事などどうでもよくなって、彼は一緒になって目頭を熱くしていた。
そしてなんの躊躇もなく、気が付けばいつものように口走っていた。

「その怨み、晴らします!」

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