許すとか許さないとか【第七話(最終話)】#創作大賞2025
【第七話】私の真実(最終話)
「着いたよ」
マスターはエンジンを停止して車を降りた。私はマスターの長い話を聞いて放心していたのだけど、マスターに声をかけられて車を降りた。
目の前には名前は分からないけど、荘厳な山があった。何か惹きつけられるものを感じたけど、正直、今の私は興味が湧かない。
「どうだ?ちょっといいだろう?」
「う、うん、そうね」
「俺はな、気持ちが塞いだ時にはこの山を見に来るんだ。だから、真希にも見せようと思ってな。今はまだ、この山をじっくり眺める気分にもなれないと思うけど」
そう、そうなの。全然そんな気分にならない。落ち着いて山なんか見てられない。
私は山を眺める振りをしながらマスターの話を反芻した。嘘の可能性だってあるけど、嘘だとしたら細かすぎる。本当としか思えない。仮に嘘だとして、そんな嘘をついてもマスターは何にも得しないし。だから本当なんだろう。信じたくはないけど。
「どうだった?俺の調査報告は」
「うん、すごかった。『そんなわけないじゃん、嘘つかないでよ』って言いたかったんだけどさ。マスターのタイムスリップ機能付きスマートウォッチが嘘くさいから。でも、話の内容が本当っぽくて言えなくなった。本当っぽくて、すごく嫌」
「ははは、そうか。俺としては信じてもらうしかないけどな。過去に戻る手間は置いておいて、結構大変だったんだぞ、盗み聞きするの。用務員の格好したり、清掃業者の格好したりさ。不審者と思われて通報されたら困るからな」
「そっか、そうだよね。ごめんね、面倒なことをお願いしちゃって。私、マスターが調査に使ってくれた時間分、無給で働くからね」
「お、言ったな。でも、その気持ちだけ、有り難く受け取っておくよ。俺の話で分からなかったところはないか?」
「分かりたくないことだらけよ」
私のお母さんは育ての母で、実の母は別にいたなんて、考えたこともなかった。考えるはずないじゃん。だって、私のお母さんは私のこと、誰よりも分かってくれるし、私もお母さんの思ってること、だいたい分かるもん。
でも、違ったんだ。お母さんの娘だって思ってたのに違った。お父さんの浮気相手だと思ってた人がお母さんだった。あの人のことが嫌いで、母親として全く受け入れられないとか、そういうことではないんだけど、なんか、なんか腹が立つ。何に対して腹を立てているんだろう、私は。
「明彦君もグルだったんだなあ、たぶん」
マスターがボソッと言った。
そうだ、明彦、アイツも腹立つ。だけど、アイツじゃない。私が腹を立ててるのは。
落ち着いて考えよう。この腹の底から湧き上がってくる怒り。その原因は何か。
「真希、ショックだよな。実の母親がいたなんて。なんて声をかけていいか分からないけど」
ああ、そうか、分かった。「あなたのお母さんはこっちでしたよー」って言われてる感じが腹立つんだ。
うるさいよ。だからなんだよ。私とお母さんが過ごした時間は変わらないでしょ。動揺すんなよ、馬鹿。真希、お前はさ、お母さんの友達から産まれたみたいだけどさ、お前がお母さんって呼びたい人は変わらないんじゃないの?
「住民票を取って確認した方が早かったかもしれないな」
マスターが遠くでもっともなことを言うのが聞こえる。私が何にも答えないものだから、何とか会話しようと思って色々言ってくれてるのだろう。それはそれで申し訳ない。申し訳ないけど。
「うん、確かにそうね」
上の空で適当に返事してしまった。ごめんね、マスター。私、いま余裕がないの。
「真希。君のお父さんと二人のお母さんは、俺の目からは幸せそうに見えたよ。この件に関してはもう、何もしなくていいんじゃないかな」
私は何か言いたかったけど何も言えなくて、名前も知らない山をただ眺めていた。やがて理由の分からない涙が溢れてきて止まらなくなった。
私はもう何もしなくていい。私が大人になって真実を受け止めればそれでいい。マスターはきっとそう言いたいのだろう。そうかもしれない。そうした方がいいのかもしれない。そうすれば誰も傷つかないもんね。でも、私には今すぐにやりたいことがある。いつまでもここにいちゃいけない。
「マスター、ここまで連れてきてくれて本当にありがとう。この山は今度またゆっくり見るからさ、私、今すぐ帰りたい。喫茶店まで送ってもらえるかな?」
「ああ、もちろん。助手席に乗ってくれ」
伝えたいことが山ほどある。私、お母さんに会いに行かなきゃ。
(了)
