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いますぐ強く風が吹けばいいのに #シロクマ文芸部

 風が吹くと異常行動をする男と一緒に住んでいたことがある。名前はマキオ。割とイケメン、やる事なす事スマートで好きだった。風が吹いた日を除いて。
 付き合って間もない頃、部屋でテレビを見ながらマキオの帰りを待っていたことがあった。木枯らし1号が吹いたというニュースが流れた時にマキオが帰ってきたので喜んで出迎えると、いきなりメロンパンを投げつけられた。理由を聞くと、焼き立てでおいしそうだったからだと言う。到底納得できない。だったら手渡して欲しい。おそるおそる反論すると「投げたらキャッチしてもらわないとキャッチボールにならない」だと?近距離であんなに振りかぶって投げられたら怖いって、メロンパンでも。ぶつけられて中見るまで何入ってるか分からなかったし。白い紙袋に入ってたから。
 これ以上は一緒にいられない。風が吹く度に思った。なのに離れられない。相性が良くてずっと一緒にいたから。好きな食べ物、笑いのツボ、嫌いな人のタイプ、朝よりも夜が好きなところ、全部一緒。一緒にいると楽しいから、全部いつのまにか許してしまう。風さえ吹かなければいいのだけれど、神様じゃあるまいし風が吹くのは止められない。  
 先輩に相談したら病院に行けと言われた。「情緒が不安定過ぎる。たぶん病気」って短時間に三回。何回も言わないで欲しかった。
 それ以来、風が吹く度にマキオを病院に誘った。当然、嫌がる。俺は病気じゃないとうそぶく。だけど、濡れたモップを私の頭に載せて「バラクーダ!」と謎の言葉を叫んでケタケタ笑い出した時にブチ切れた。

「ヘイ!ユー!ここを出て行くか、病院に行くか、さっさと選べ!」

 帰国子女丸出しの命令口調が出てしまい、私が本気で怒っているのが伝わったのか、マキオは病院に行く事に同意してくれた。
 病院に行くと経験豊富そうな医師が診察してくれた。

「えーっと、『風が吹くと異常な行動をとってしまう』って、どういうことかな?どうなっちゃうの?」
「そうっすねー、『春一番』みたいのが吹くとめちゃくちゃテンション上がって嬉しくなっちゃいますねー」
「ははあ、なるほどねぇ」

 マキオの診察が終わり、医師が言った。

「ウチじゃないと思います。他に相談してください」

 思わず口を挟んだ。

「え?ここ、心療内科ですよね?」
「はい。でも、こちらの方はウチじゃないですね。なんか憑いてるみたいなんで」

 憑いてる?何が?
 マキオの顔を見ると申し訳なさそうな苦笑いを浮かべている。こうなるって分かってた?
 帰り道、しばらく無言で歩いていたけど我慢できなくなった。

「マキオ、あなたに何が憑いてるの?」
「知らないよ。憑いてる前提で話さないでくれる?」
「祓ってくれる人のところ、行く?」
「……嫌だ」
「憑いてるんじゃん!」
「なんか祓われるのは、嫌なんだよね」

 その時、突風が吹いたので慌ててスカートの前を押さえた。隣のマキオを見ると、案の定、ウヒョーッて喜んでるみたいな顔つき。次の瞬間、私を肩車して走り出した。

「嘘でしょ、私、今日スカートなのに!やめてよー!」

 結局、家に着くまで降ろしてくれなかった。泣きながらマキオの右頬に平手打ちして左足のスネまで蹴ったけど気が済まない。

「もう限界!今すぐ出て行って」
「……分かった。明日、荷物だけ取りに来るから」

 次の日の午後、マキオからLINEで「これから荷物取りに行っていい?」と連絡が来た。私は顔を合わせたくなかったので「今から出かけるから十分後に来て。終わったらまたLINEして」と返した。すぐにマキオから返信があったが、内容に驚いた。

「いや、いま家から出ない方がいいよ。危ないから。竜巻が来るらしい」

 慌ててテレビをつけると確かに竜巻警報が出ていて、発生場所は信じられないことに私の部屋の住所近辺だった。

「教えてくれてありがとう。竜巻、私の家に来ちゃうみたい。大丈夫かな?」
「大丈夫。俺が今から行くから」
「え?ふざけてる?危ないから来なくていいよ」

 全然「既読」にならないから心配になってマキオに電話したけど繋がらない。どうしよう。もしかして、竜巻を見に来ようとしてる?そりゃ竜巻なんて滅多に見れないと思うけどさ。
 マキオからLINEが来た。

「無事着いたよ。君は絶対に部屋を出ちゃ駄目だからね」

 大馬鹿!竜巻が来るところに無事に着いてどうする!
 ふいに部屋の外から風の唸り声みたいな音が聞こえてきた。音はどんどん近づいてきて、大きさを増してゆく。建物全体が揺れ始めた。バリバリという何かが破壊され始める音。怖い。何もできることがない絶望感。これでもう、私の人生終わりかも。そう思った時、スッと不思議な静寂が訪れた。数秒後、ピンポーンとインターフォンの音。玄関のドアを開けると、真顔のマキオが立っていて、思わず抱きついて泣きじゃくった。

「もう大丈夫、みたいだよ」

 マキオはそう言って私の頭を撫でてくれたが、この時に気づくべきだった。
 私が好きだった「マキオ」はどこかへ行ってしまった。話をしても食事をしてもベッドで肌を合わせてみても、何か違和感がある。決定的な何かが違っていて、私が「マキオ」を認知できない。「マキオ」と暮らしているはずなのに、知らない誰かと暮らしているような感覚がずっと消えない。
 今週末、沖縄に台風が上陸するらしい。私はマキオを沖縄旅行に誘うことにした。「マキオ」を取り戻すために。

(2199文字)


※シロクマ文芸部に参加しています


あとがき

久しぶりに参加できました。
結末を決めずに書き始めるのって、やっぱり楽しいですね。

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