見出し画像

Sputnik Crisis 1957/10/04 スプートニクショック

 sputnikはロシア語で「同行者」という意味。1957年10月4日に打ち上げられたソ連のそして世界で最初の人工衛星は「Sputnik 1」と名付けられた。米国は、人工衛星及びその打ち上げに必要な、大陸間弾道ミサイルICBM: intercontinental ballistic missileの開発で、ソ連に対し優位にあるとの自信を傷つけられ、大きな打撃を受けることになった(サムネイルは、Sputnik 1の模型図)。
 その後、ソ連は1957年11月3日には「Sputnik 2」を打ち上げたが、これには「ライカ」という名と呼ばれる犬が搭乗していた(ライカはロシア語として猟犬を指す一般名詞)。ライカは、宇宙に打ち上げられた最初の地球上の生物になった。
 「Sputnik 1」の打ち上げ成功により、ソ連のICBM開発での先行が明らかになった。もっとも翌1958年1月31日には、米国も自身最初の人工衛星「Explorer 1」の打ち上げに成功している(explorer: 探検家、探検者、求道者)。つまり米国も衛星打ち上げについて、ほぼ準備はできていたのであり、米ソの差は僅差なのだが、正確にソ連の情報を把握できていなかったこともあり、Sputnikの打ち上げで米国側は焦慮にかられた。
 軍事的には、核爆弾を積んだ爆撃機による攻撃から、核弾頭を備えたミサイルICBMによる攻撃への転換がこのとき、進んでいる。米国は1959年から1968年にかけて、ICBM「アトラス」の配備を進める(atlas: ギリシア神話にでてくる巨人)。
 背景には、ソ連に対する疑心暗鬼もあった。スターリン後のソ連の指導者フルシチョフは、1956年2月、スターリン批判を行い世界を驚かせた。しかしその結果として、東欧で自由化を求める動きが相次ぎ、ついに1956年10月、ハンガリーでワルシャワ条約機構からの離脱を求める動乱が起きるとフルシチョフをはじめソ連の指導部は、これを武力で抑えることをためらわなかった。この弾圧により、ソ連に対する警戒感は再び高まった。その流れの中での、ソ連の人工衛星打ち上げ成功であり、米国が受けた衝撃は大きかった。


いいなと思ったら応援しよう!

福光 寛  中国経済思想摘記 main page: https://note.mu/hiroshifukumitsu  マガジン数は20。「マガジン」に入り「もっと見る」をクリック。mail : fukumitu アットマークseijo.ac.jp