我思うゆえに、我あり
はじめまして。Hiroと申します。
久しぶりの土日休み。いかがお過ごしですか?
僕は台湾の出張先のホテルで、のんびり過ごしています。最近、仕事で失敗が続き、すっかり意気消沈していましたが、ちょっと冷静になろうと思い。思い切って、二日間休みにしました。
ぼんやりとnoteを起動し、いろんな方の記事を読みあさっていたら、なんだか自分ってなんだろうと思いはじめ、我思う故に我ありの意味をあらためて調べてみました。
1.調べてみた
自分ってホントにいるのかな?
全てを疑っても、存在を疑う自分は存在する。
全てについて疑うべし(カール・マルクスの言葉)という方法的懐疑により、自分を含めた世界の全てが虚偽だとしても、まさにそのように疑っている意識作用が確実であるならば、そのように意識している我だけはその存在を疑い得ない。
「自分は本当は存在しないのではないか?」と疑っている自分自身の存在は否定できない。
―“自分はなぜここにあるのか”と考える事自体が自分が存在する証明である(我思う、ゆえに我あり)、とする命題である。コギト命題といわれることもある。
2.自信を失い自分を知る
マジメの厄災
ワタクシごとで申し訳ないのですが、最近、仕事で失敗続きで、すっかり心が折れしまい。夜遅く仕事から帰り、出張先のホテルで倒れるように寝て、朝慌てて出勤する毎日に、疲れてしまい。マイナスのことばかり考え、なかなか心休まずに、スマホ片手にダラダラ過ごしていたら、
Jinさんというnoterさんが、マジメ過ぎる人は危ういという内容の記事を読み、すごく腑に落ちましたました。
3.Jinさんの記事
〜Jin@台湾-欧米系企業勤務〜
「マジメなやつは極端から極端に走る」
Jinさんというnoterさんの記事で、マジメ過ぎな人への警鐘を鳴らす記事を見つけ、ふむふむと読ませていただきました。
僕は本の虫で、自己啓発的な本も、今までたくさん読んできましたが、″ふむふむ″だけで終わり、なかなか自分を変えられずに、ずるずる生きてきました。
この週末、自分の頭で、しっかり自分の考えを、見つめなおしてみたいと思います。
以上、Hiroでした。
