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我思うゆえに、我あり

はじめまして。Hiroと申します。
久しぶりの土日休み。いかがお過ごしですか?

僕は台湾の出張先のホテルで、のんびり過ごしています。最近、仕事で失敗が続き、すっかり意気消沈していましたが、ちょっと冷静になろうと思い。思い切って、二日間休みにしました。

ぼんやりとnoteを起動し、いろんな方の記事を読みあさっていたら、なんだか自分ってなんだろうと思いはじめ、我思う故に我ありの意味をあらためて調べてみました。

1.調べてみた

自分ってホントにいるのかな?

全てを疑っても、存在を疑う自分は存在する。
〜Wikipediaより〜

全てについて疑うべし(カール・マルクスの言葉)という方法的懐疑により、自分を含めた世界の全てが虚偽だとしても、まさにそのように疑っている意識作用が確実であるならば、そのように意識している我だけはその存在を疑い得ない。

「自分は本当は存在しないのではないか?」と疑っている自分自身の存在は否定できない。

―“自分はなぜここにあるのか”と考える事自体が自分が存在する証明である(我思う、ゆえに我あり)、とする命題である。コギト命題といわれることもある。

2.自信を失い自分を知る

マジメの厄災

ワタクシごとで申し訳ないのですが、最近、仕事で失敗続きで、すっかり心が折れしまい。夜遅く仕事から帰り、出張先のホテルで倒れるように寝て、朝慌てて出勤する毎日に、疲れてしまい。マイナスのことばかり考え、なかなか心休まずに、スマホ片手にダラダラ過ごしていたら、

Jinさんというnoterさんが、マジメ過ぎる人は危ういという内容の記事を読み、すごく腑に落ちましたました。

3.Jinさんの記事

〜Jin@台湾-欧米系企業勤務〜

「マジメなやつは極端から極端に走る」
〜noteより〜

Jinさんというnoterさんの記事で、マジメ過ぎな人への警鐘を鳴らす記事を見つけ、ふむふむと読ませていただきました。

僕は本の虫で、自己啓発的な本も、今までたくさん読んできましたが、″ふむふむ″だけで終わり、なかなか自分を変えられずに、ずるずる生きてきました。

この週末、自分の頭で、しっかり自分の考えを、見つめなおしてみたいと思います。

以上、Hiroでした。

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