部屋と外のあいだに、まだ名前のない風が吹いている。#7│洗濯物がゆれる午後に…
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第7話|洗濯物がゆれる午後に、父の背中を思い出した
ある天気いい日に、洗濯物を干したとき、ふと思いました…
親は今なにしているんだろう…
と思いながら、綴ります。
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午後2時。ベランダに干した洗濯物が、音もなく揺れている。
風はやさしく、陽の光はやや過保護で、空はあまりにも無関心だった。

静寂を破る、生活の音
一人暮らしのアパートは、静寂に包まれている。
その静けさの中に、洗濯物が風に揺れる音、ハンガーが軽くぶつかり合う音が、そっと入り込んでくる。
そんな午後の穏やかな時間に、ふと、父の背中を思い出した。

日曜日の風景
昔、家族で暮らしていた頃、父は日曜日になると、決まって洗濯物を干していた。ベランダに出て、シャツをパンパンとはたいてから、ハンガーに掛けて並べていく。
母がたたむ担当で、父が干す担当。子どもだったわたしは、ベランダの端に座って、洗濯物越しに空を眺めていた。
父の背中は、まっすぐで、無口だった。
感情を表に出すことが少なく、何を考えているのか、いつもわからなかった。
でも洗濯物を干すその背中には、なぜか「やさしさ」が滲んでいた。

風に向かって少しだけ前かがみになって、物干し竿を支える姿。
今になって思うと、それはたぶん、“家族を支える”という動作の、最も静かなかたちだったのだと思う。
受け継がれる背中

わたしは今、父と同じことをしている。
誰に頼まれたわけでもないのに、洗濯機をまわして、ベランダに出て、Tシャツのしわを伸ばす。
それは父のようにかっこよくはないかもしれないけれど、たしかに、父の背中に似てきている気がする。
風が少し強くなって、シャツの袖がふわりと浮いた。
その瞬間、「時間」というものがふいに逆流したような気がして、わたしは立ちすくんだ。
ああ、あのときの午後も、たぶんこんな風だったんだ。シャツの影が揺れて、空が遠くて、父の背中だけが近くにあった。
大人の背中を追って
「大人になる」というのは、誰かの真似をしていくことなのかもしれない。そしてその真似が、少しずつ、自分のものになっていく過程なのかもしれない。
わたしが洗濯物を干す理由なんて、たぶん、単に生活の一部でしかないはずなのに——なぜか、その行為の奥に「父の気配」がしみ込んでいる。
記憶の味
部屋に戻ると、風がカーテンを小さく揺らしていた。冷たい水をコップに一杯。その水を飲みながら、わたしはまた思い出す。父が洗濯を終えたあと、いつも麦茶を飲んでいた姿を。
わたしと父は、たぶん性格も、趣味も、ぜんぜん似ていない。だけど、たったひとつの午後の過ごし方が、こうしてわたしの中に残っている。
そして今、それが静かにゆれている。白いTシャツの袖のように、なにも言わずに、風とともに。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
この記事が、ちょっとでもその背中をそっと押せたなら本望です。
また、次の記事でお会いましょう!
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