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高IQ+LDの困難を例えてみた

先日の学校への相談を、通っている精神科の先生に話した。

簡単に言うと、
娘には書字障害があり、英単語を書くことでは覚えられない。書く行為そのものが負担になる特徴がある。
だから英単語の書き取り課題は量を減らして欲しい(合理的配慮)とお願いしたのだけど、『課題は皆平等』『自主的に減らしてもいいが評価も平等なので、当然評価は下がる』と減らしてもらえなかった。

という内容。

先生は「なかなか伝わりませんね…」

「普通LDのお子さんは、英単語のテストなどは(個人差はあれど)壊滅的に出来ないことが多い。だから配慮しようとなるけど、◯◯さん(娘)は知能が高いから努力でその場は点数が取れてしまう。だから『やれば出来るじゃない』と障害の大変さが伝わらず、努力すればなんとかなると判断されてしまう。」

と話してくれた。

そんな…
家に帰ってもその言葉が頭から離れなかった。
テストの点数が悪ければ追加の課題を出されてしまう。書く課題を増やされるのが嫌すぎてテストだけ頑張るのだが、それが結果困難を見えにくくするってどーすりゃいいのよ。


もんもんと考えていたら、ふと一つの例えにたどり着く。誰かに言う予定もないし、備忘録代わりに書いてみる。


脚を骨折している女の子(障害)
脚には添え木がしてある(これが高IQね)
先生は皆と「平等」に50m走れと言う。
脚の痛みに耐えながら、女の子はなんとか10秒以内で走り切る。
先生は「やれば出来るじゃない」と言う。
10秒を超えてしまうと、さらに5回走る「課題」が「平等」に課せられるから、それを避けるために脚が痛いのを我慢して走ったのだが結果だけを見ればそこは伝わらない。

もし「添え木」がなければ、到底走ることなど出来ない状態なのに…


なんて。

私はこう思っているんだけどどうだろう。
例えることで誇張しているのかもしれないけど、こういうことなんじゃないのかなぁ。


深夜に書いているから少し感情が多めに乗っかってるかしら。

少しプロンプトっぽくて、そのまま出力したらそんな感じのAI画像が出来上がりそう(笑)なんてふざけた感情もまぜこぜの1時半。

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