見出し画像

雨と風の日


ベランダはそうでもないのに、向こうに見える公園の大きなケヤキはすごい勢いで揺れている。はっきりわかる、南風。右から左に向かって、芽吹きたての、遠目にもやわらかそうな明るい黄緑の葉が、ザワンザワンと音を立てるようになびいている。

まだ雨は降っていない。薄い灰色の雲が、あとからあとから、北に向かって流されていく。そのせいか、切れ目なく飛ばされてくる雨雲のわりに、空は明るい。風向きによるのか、曇りのためか、通り過ぎていく飛行機の音がいつもより長く響く。

窓ガラスを開け、ベランダに出る。風に吹かれた髪が、頬にかかる。少し肌寒いが、南からの湿気のおかげで、寝巻きのままでも外にいられる。肌に触れる空気が、鼻を通り抜け肺に届く空気が、空は白く光っているけれど、今日は雨が降るよ、と伝えてくる。まだ、蒸し暑さは感じない。

しばらくして、雨が降りはじめた。降ったり止んだり、強かったり弱かったり、バラバラと落ちてくるような雨粒もあれば、ジワジワ浸み出してくるような霧雨も。落ち着かない。風は、真っすぐ南からのまま、さらに強くなってきた。忙しい空模様。南風なら、ガラス戸を開けていても雨が吹き込んでくることがない。今日はずっと、網戸で過ごす。

雨音を聞きながら、ベランダのもみじを眺める。冬から目覚めた最初の若葉たちが、風にあおられながら、雨粒をまとっていく。もみじの葉は、水滴を弾かない。まだやわらかい葉。なでると手に馴染むような、心地よい若葉。まだ縁がほんのり赤い、新緑になりきる前の、もみじの葉。

本でも読もうと手に取った一冊には、しおりがはさまっていなかった。なくても良いけど、できればあったほうが助かる。でも、しおりがなくて、しょうがなく閉じた本の続きを読むときは、たいがい、前に読んだところをもう一度読むことになる。読んだ気もするけど、覚えていないのだ。そうなると、しおりを使うことは、ちょっと勿体無いことなのかもしれない。

そういえば、お気に入りのしおりを見かけなくなった。どこかの本ではちゃんと仕事をしているはずだけど。あれもこれもと気分で読むと、しょっちゅう、行方不明になる。いずれ出てくるまでは、不便に慣れねば。だけども、どこにいったかわからなくなったしおりが、とある本を読もうと開いたときに出てくると、ああ、きみ、そんなところにいたのか、と。そして読みかけていた本のことを、このときは、案外思い出したりするのだ。

せっかく咲いた桜が、雨に流されてしまわないといいな。


いいなと思ったら応援しよう!