『眠れない夜は、三つで足りると思っていた』
船乗りには、眠れない夜が三つある。どれも、目を閉じても眠れない。
ひとつは、乗船前の夜だ。港に着岸する時間に合わせて乗船する。
遅れるわけにはいかない。荷物は前日にまとめてある。それでも、落ち着かない。布団に入っても、目が冴えている。
時計を見る。まだ時間はある。もう一度見る。少ししか進んでいない。
目を閉じても、浅いところで意識が止まる。まだ何も始まっていないのに、身体だけが先に緊張している。夜は、着信音だけ大きくして寝る。
家を出て、駅までタクシーに乗る。動き出した途端、身体の緊張がはっきりと形になる。
移動が始まると、眠ってしまう。新幹線に乗ると、前の日に眠れていないはずなのに、朝飯より先に睡魔が来る。
もうひとつは、下船前の夜だ。部屋の掃除をして、荷物をまとめる。終われば降りるだけだが、頭の中ではもう休暇が始まっている。
何を食べるか、どこへ行くか。考え始めると止まらない。
もう陸にいるつもりでいる。けれど船だから、予定は簡単に変わる。天候で下船がずれることもある。
まだ終わっていないのに、もう陸にいる。
最後のひとつは、前泊の夜だ。
港の近くで一泊し、店に入って酒を飲む。
歩くたびに、床が少し遅れてついてくる。
静かな部屋に戻り、灯りを消す。
音も揺れもない。背中が浮いている。
前泊のとき、入港が明日だと思っていた。実際は明後日だった。
仙台に、前々日から入ってしまっていた。
間違えたのは自分だから仕方がない。
その夜は、予定外だった。
誰にも急かされず、ただ歩いて、食べて、また飲んだ。
一口目の牡蠣。
はらこ飯の甘い米が、やけに残った。
駅前の通りに、灯りが残っていた。
歩いていた。
気づいたときには、朝になっていた。
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