『海賊王に俺はならなかった』
冬なのに妙に暖かい日だった。
マクドナルドで勉強するつもりだった。
けれど席が空いていない。
店の中が妙に騒がしい。
原付にまたがった。
徳島駅から五十キロ。
電車なら往復約二千五百円。
原付なら往復五百円。
国道を南へ下る。
日曜定休のガソリンスタンドがいくつも閉まっていて、残量計を見るたびに少しだけ不安になる。
海沿いの風はやわらかく、空は明るい。
冬なのに、春の入口のような空気だった。
思いつきで向かったのは薬王寺だった。
父が肺炎で入院し、つい最近退院したばかりだった。
到着直前で雨が降り出した。
ヘルメットのシールドに水滴が当たる。

原付を停めて石段を見上げる。
厄除けの寺。男坂、女坂。
息を少し整えて登る。
肺に特化したお札があるなんて知らなかった。
寺務所で何気なく尋ねたら、教えてくれた。
肺大師の御守護。
知らなかったのに、そこにあった。
父の肺のことを考えながら、薄い紙の護符を受け取る。

自分のためではない祈りは、少しだけ静かだ。
帰りに、国道沿いの海賊舟に寄った。

船乗りが、海賊舟で海賊定食を食べる。
少し笑える構図だ。
エビ、刺身、煮付け。
豪快な名前の定食。



けれどその日は、戦利品ではなかった。
ただ、たどり着いた一膳だった。
電車なら濡れなかっただろう。
でも原付だった。
だから雨に打たれ、
海賊舟に寄り、肺のお札に出会った。
海賊王に俺はならなかった。
その日、俺はただ、
父の肺の無事を祈る息子だった。
雨に濡れた原付のシートを拭きながら、
海は、さっきより少しだけ静かに見えた。
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