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氣づきすぎる性格が、社会の中で、役割になっていった

第3話では、
言葉にできない感覚を抱えながら、
学校や社会の中で「型」を身につけていった頃のこと、
そして、ALTの先生との出逢いをきっかけに、
国際交流や異文化理解へと関心が開いていった話を書きました。

今回は、
そんな感覚を抱えたまま社会に出て、
少しずつ「役割」を持つようになっていった頃の話です。


振り返ってみると、
私は学校で「道徳」の時間が好きな子どもでした。

答えが一つに決まっていない問い。
人の感じ方や立場によって、
見え方が変わる話。

「正しいかどうか」よりも、
「どう想ったか」を考える時間が、
どこか安心できたのだと思います。

「帰りの会」の時間も好きでした。
みんなでいろいろなことを話し合える、共有できる時間。
今振り返ると「QOL上げるのが好きな子ども」でした。苦笑

一方で、
学校という場所は、
とても息苦しく感じることもありました。

自分が呼ばれたくないあだ名=心地よくない呼び名を、
「変なニックネーム」としてつけられ、
それが当たり前のように使われる。

見た目や外見について言われた一言。
身体や性別に関わる、
冗談のように投げられる言葉。

今で言う
ルッキズムやセクハラに近いものに、
知らず知らずのうちに、
傷ついていたこともありました。


同時に、
私は「傷つく側」だけだったわけではありません。

無意識のうちに、
友達の言葉や行動を
軽く扱ってしまったこと。
意図せず、
誰かを傷つけてしまったこともあります。

あとになって
「あれは、よくなかった」と
氣づいて、
自分自身に傷ついたこともありました。

誰もが、
傷つく側にも、
傷つける側にもなりうる。

その現実を、
自分の体験として知ったことは、
私の中に、
静かに残り続けています。


社会に出ると、
物事は、思っていた以上に
早く決めること、
はっきりさせること、
効率よく進めることを
求められます。

私は、
それらが大切だということも
理解していました。

けれど同時に、
何かを決める前に立ち止まってしまう自分を、
ずっと持て余してもいました。

背景はどうなっているのか。
誰の声が、
ここから抜け落ちていないか。
言葉になっていない想いはないか。

そんなことに 氣づいて しまい、
すぐに結論へ進めない。


それでも、不思議なことに、
人と人がうまく噛み合わなくなった場面や、
意見がすれ違ってしまった場面で、
声をかけられることが増えていきました。

「ちょっと、話を 聴いて もらってもいい?」
「うまく説明できないんだけど……」

私は、
特別な答えを持っていたわけではありません。

ただ、
途中で遮らず、
評価せず、
結論を急がずに 聴く

それだけでした。

それでも、
話し終えたあとに
「少し整理できた」
「気持ちが軽くなった」
そう言われることがありました。

そのたびに、
私は少しずつ 想い はじめます。

もしかしたら、
すぐに答えを出さないことにも、
意味があるのかもしれない。


こうした経験を重ねる中で、
私は自然と、
「人権」という言葉に
関心を持つようになりました。

誰かを傷つけないこと。
そして同時に、
自分も傷つかずにいられること。

そのためには、
声をあげられること。
話を 聴いて もらえること。
違いがあるまま、
同じ場に居られること。

それらはすべて、
特別な人のためではなく、
誰にとっても必要なものだと、
自分の実体験から 氣づいた のだと
いまは 想っています


ボランティア活動や、
まちづくり活動に関わる中で、
私は次第に、
人と人のあいだに立ち、
言葉にならない想いを受け取り、
つなぎ直す役割を
担うようになっていきました。

子どもの頃、
「扱いづらい」と感じていた性格は、
形を変えて、
社会の中で
役割になっていったのです。


そしてもう一つ、
私の中に強く残っている出来事があります。

それは、
「人権」や「違い」という言葉を、
初めて
自分自身の身体感覚として突きつけられた出来事でした。

祝福されるはずの場で、
なぜ、こんなにも違和感を覚えたのか。
なぜ、その違和感は
「仕方がないこと」として
流されてしまったのか。

それが、
私にとっての
成人式をめぐる出来事です。


次回は、
そのとき、
何が起き、
何を感じ、
どんな問いが残ったのかを
書いてみようと 想っています 🌱

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