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【読むだけで整う】人の言葉を真に受けすぎてしまうあなたへ。言葉との距離を取り戻す物語

こんにちは、ひさねなです。

何げない日常に神秘と豊かさが満ちていること、生きてることは素晴らしいということを思い出せるような、小さな物語を綴っています。

誰かに言われた何気ない一言がずっと心から離れないこと、ありませんか?

発言した相手が忘れているような言葉を、何度も思い返してしまうことはありませんか?

今日は、そんなあなたに贈る物語です。


風が通り抜けるように


「さっきの言い方はちょっとね・・・。そういうところ、直したほうがいいよ。」

朝イチの会議が終わった時に、先輩から言われた言葉。あれから何度も頭の中でリピートされている。

「そういうところ、直したほうがいいよ」
「そういうところ、直したほうがいいよ」

私は仕事の手を止めて、トイレの個室に入った。

誰もいない空間で、ため息をつく。

なぜこんなに引っかかるんだろう。
先輩は悪気があって言ったわけじゃない。それはわかってる。
でも、胸の奥が痛い。

鏡の前で手を洗いながら、自分の顔を見た。
目が、少し疲れている。

「直したほうがいい」

その言葉を口の中で小さく繰り返してみる。

すると、不思議なことに気づいた。

この痛みは、今日初めて感じたものじゃない。
これは、ずっと前から私の中にあった痛み。

子供の頃から母に言われてきた「もっとしっかりしなさい」。
中学生のとき友達に言われた「空気読めないよね」。

先輩の言葉は、その古傷に触れただけだったのかも。

言葉そのものが痛いというより、
私の中にある「私はダメだ」という思い込みが疼いてるんだ。

そう思うと、少し楽になった。

デスクに戻って、パソコンの画面を見つめる。
また先輩の言葉が頭に浮かぶ。

でも今度は、違う見方ができた。

あの言葉は、先輩の世界から出てきたもの。
先輩の価値観、先輩の育ってきた環境、先輩の今日の気分。

それは「真実」じゃない。
「先輩から見た、一つの見方」に過ぎない。

だから。

私はその見方を、受け取ってもいいし、
そうしなくてもいい。

窓の外を見ると、街路樹が風に揺れていた。
風は、木々の間を通り抜けていく。

枝は揺れるけれど、風は留まらない。
言葉もそういうものかもしれない。
私に触れて、通り抜けていくもの。

また、先輩の言葉が頭に浮かんだ。

でも。

「ああ、また再生されてる」

そう思った瞬間、私は思考の外に立っていた。

繰り返す思考を止めようとしなくていい。
ただ、「また繰り返してるな」と気づくだけでいい。

気づいた私は、もう思考そのものじゃない。
思考を見ている、少し離れたところにいる。

肩の力が抜けた。
呼吸が深くなる。

先輩の言葉は、まだ時々浮かんでくるかもしれない。
でも、それでいい。

風が何度も吹くように、思考も何度も通り過ぎる。

私はただ、ここにいればいい。
揺れても、倒れない木のように。



読んでいただき、ありがとうございます。

私も真に受けて引きずってしまうタイプなので・・・(笑)
これは自分に向けたショートストーリーでもあります。

もちろん、指摘されたことで必要な対処があればそれはやりますが、いつまでも言われたことを引きずってしまうのは、その言葉が「引き金」になって古傷が疼いている可能性があるんですよね。

冷静な自分でいるときは、ストーリーの主人公のように

「私はその見方を、受け取ってもいいし、
そうしなくてもいい。」

が分かるのですが、渦中にいるとそれを見失いがちなのでね(汗)

備忘録として、ここに残しておこうと思います


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