2031年、豊かな暮らしには共通の答えがない
2031年。
「豊かな暮らし」と聞いて、同じ風景を思い浮かべる人は、今より少なくなっているかもしれない。
高い収入があること。
大きな会社で働くこと。
持ち家があること。
結婚して、家族がいること。
少し前まで、豊かさには比較的わかりやすい形があった。
全員がそれを望んでいたわけではない。
それでも社会の中には、
「こうなれば、だいたいうまくいっている」
という共通のものさしがあった。
2031年には、そのものさしが、かなり薄くなっている気がする。
収入はそれほど高くなくても、好きな場所で、好きな仕事をしながら暮らす人がいる。
都市のスピード感を好む人もいれば、地方へ移る人もいる。
会社員を続けながら複数の仕事を持つ人。
家を買わず、住む場所を変えながら暮らす人。
50代から学び直し、60代から新しい仕事を始める人もいる。
どれが豊かで、どれが豊かではないのか。
外からは、だんだん分からなくなる。
むしろ、分からなくていい社会になっていく。
これまで人生には、いくつもの「束」があった。
会社に入れば、
働く場所も、
働く時間も、
付き合う人も、
収入の得方も、
ある程度まとまって決まった。
結婚すれば家を買い、
子どもができれば郊外に住み、
年齢を重ねれば役割が変わり、
一定の年齢になれば仕事を終える。
現実は、そんなに単純ではなかった。
それでも、多くの人が似た順番を歩いていたから、
「次に何をすればいいか」
を自分だけで決めなくてもよかった。
ところが、その束がほどけていく。
会社と仕事が分かれる。
仕事と住む場所が分かれる。
年齢と役割が分かれる。
所有と豊かさが分かれる。
AIによって、選択肢まで増えていく。
自由になる。
その一方で、少し困ることもある。
何を選べば幸せなのかを、誰も教えてくれなくなる。
選択肢が少なかった時代は、
「選べないこと」が不自由だった。
選択肢が増えた時代は、
「選ばなければならないこと」が重くなる。
もっと稼ぐのか。
仕事を減らすのか。
家を買うのか。
持たないのか。
仕事を優先するのか。
家族との時間を増やすのか。
AIに聞けば、それぞれのメリットとデメリットは整理してくれるだろう。
自分に合いそうな選択肢も提示してくれる。
けれど、最後の一つだけは決めてくれない。
「自分は、何を大切にして生きたいのか」
という問いだ。
考えてみれば、「豊かさ」という言葉は不思議だ。
お金が増えても豊かになる。
時間が増えても豊かになる。
人とのつながりが増えても豊かになる。
何もしない時間が増えることで、豊かになる人もいる。
選択肢が多いことを豊かだと感じる人もいれば、
選ばなくていい生活を豊かだと感じる人もいる。
だから、豊かさは足し算ではないのかもしれない。
何を増やすかではなく、
何があれば、自分は十分だと思えるのか。
その基準を持つことなのだと思う。
私は以前、豊かさにはある程度、共通の正解があると思っていた。
仕事で成果を出す。
収入を増やす。
役割を大きくする。
できることを増やす。
それはそれで、間違っていたとは思わない。
その時の自分には、必要なものだった。
ただ、最近は少し違うところに豊かさを感じる。
ある朝、娘から急に、
「駅まで送ってよ」
と言われた。
以前の私なら、たぶん少し嫌な顔をしていた。
平日の朝なら、
「今から仕事なんだけど」
と思っただろうし、
週末なら、
「せっかく休みなのに」
と口にしていたかもしれない。
送ることが嫌だったわけではない。
ただ、自分の予定に何かが割り込むことに、いつも少しイライラしていた。
仕事の時間はもちろん、
休みの時間まで守らないと、自分がもたないような感覚があった。
でも今は、朝に少し時間があれば、
「いいよ」
と気分よく車を出せる。
駅までの短い時間に、特別な会話をするわけでもない。
それでも、自分で時間を動かせている。
頼まれたことを、負担ではなく、自分の選択として引き受けられている。
その感覚が、思っていた以上に心地いい。
昔は、予定が埋まっていることや、忙しく働いていることに充実を感じていた。
今は、
急な頼みごとに応えられること。
少し予定をずらせること。
「今は無理」と反射的に断らなくていいこと。
そんな小さな自由に、豊かさを感じることがある。
豊かさの基準は、
人生の途中で変わってもいいのだと思う。
2031年。
社会は今より便利になり、
選べる仕事も、
住む場所も、
時間の使い方も、
増えているかもしれない。
けれど、選択肢が増えるほど、
人生が自動的に豊かになるわけではない。
むしろ必要になるのは、
たくさんある正解の中から、
「これが自分にとっては大切だ」
と決めることなのだと思う。
そして、その選択によって手に入らなかったものまで含めて、
自分の人生として引き受けること。
ワークスタイルについて考えたとき、
AI時代に最後に問われるのは、
自分で判断し、
その判断を引き受ける「当事者性」なのではないかと書いた。
暮らしも、きっと同じなのだと思う。
誰かが用意した豊かさを目指すのではなく、
自分にとっての豊かさを、自分で決める。
その基準は、
他人から見れば理解されないかもしれない。
効率が悪く見えるかもしれない。
もっと良い選択肢があると言われるかもしれない。
それでも、
「私はこれを大切にしたい」
と言えること。
それが、選択肢が増えた社会で、
自分の人生を生きるということなのだと思う。
2031年の豊かな暮らしには、
たぶん、共通の答えがない。
だからこそ、
未来の暮らしで一番大切になるのは、
何を手に入れるかではなく、
自分は何を豊かだと思うのかを、自分で決められること。
束がほどけた先にあるのは、
何も決まっていない社会ではない。
一人ひとりが、
自分なりの束ね方を選べる社会なのだと思う。
