「名言との対話」4月2日。ヨハネ・パウロ2世(ローマ教皇)「暴力と武器が人間の問題を解決することは決してない」
ヨハネ・パウロ2世(1920年5月18日 - 2005年4月2日)は、ポーランド出身の第264代ローマ教皇(在位:1978年10月16日 - 2005年4月2日)。享年84。
58歳で教皇に選ばれたヨハネ・パウロ2世は「空飛ぶ教皇」と呼ばれた。最初の訪問国メキシコを皮切りに、2003年9月に最後の公式訪問国となったスロバキアに到るまでに世界129 か国を訪問している。
1981年には日本の東京・広島・長崎を訪問している。日本語で「戦争は人間のしわざです」「戦争は死です」と演説し、核兵器の廃絶を訴えた。広島の原爆資料館では、「ヒロシマ いのちの伝言」(平凡社)を書いた被爆者の高橋昭博館長が説明している。この来日時にはパウロ2世の来日時にカトリック信徒である利光松男(日本航空常務)が謁見している。
また叡山延暦寺の千日回峰行を2度満行した阿闍梨である酒井雄哉は、1995年にはバチカンでローマ法王ヨハネ・パウロ2世にも謁見している。日本にも縁の深い教皇だった。
2003年。イラク戦争の最中にアメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領が度々「神の加護を」「神の祝福あれ」としきりに「神」を引用して戦争を正当化していたことに対し、「神の名を用いて殺すな」「イラクでのこの戦争に正義はなく、罪である」と批判した。
「自由とは、ただ好きなことをするということにではなく、我々がなすべきことをなす権利を持つことにこそある」、「なにごとも、今、ただ今から始めよ」というメッセージも多くの人々に感銘を与えたであろう。
ローマ教皇は12億人の信者を持つローマ・カトリック教会の最高司祭で、「キリストの代理者」「ペテロの後継者」とされている。初代教皇はペテロだ。450年間にわたってイタリア人がこの地位を独占していたが、イタリア人以外で初、また社会主義国のポーランド出身のヨハネ・パウロ2世が選ばれた。1980年代の東欧の民主化運動の精神的支柱であり、ポーランドの民主化運動にも大きな影響を与えている。1981年に銃撃を受けて奇跡的に助かっている。2005年に教皇は「犯行は共産主義者によるもの」と発表している。1982年にも暗殺未遂の目にあっている。
他の宗教や多文化間の対話を呼びかけ、世界に大きな影響を与えた。カーター、レーガン、アラファト、グロムイコ、ブッシュ、ゴルバチョフ、ワレサ、クリントン、カストロ、ハタミ、、など世界の指導者に会い、「暴力と武器が人間の問題を解決することは決してない」との思想を語り続け、東西冷戦の終結などに力を尽くした。
イラク戦争の2003年にアメリカのブッシュ大統領が、神を引用してこの戦争を正当化したことに田牛、「神の名を用いて殺すな」、「イラクでのこの戦争に正義はなく、罪である」と批判した。
「人間ひとりひとりと諸国の民の母マリアよ、私達をおびやかす悪の力に打ち勝てるようお助け下さい。現代人の心にこれほど容易に根ざしてしまう悪、そのもたらす計り知れないもろもろの結果によって、すでに現代の人々のいのちを危険にさらし、未来への道を閉ざそうとしている悪から私達をお救い下さい。飢餓と戦争、核戦争、計り知れない自己破壊、あらゆる戦争より、主よ、私達をお救い下さい。あがないと救いの無限の力、神の慈愛の力が世界の歴史において、再び発揮されますように。神の慈愛が悪をおしとどめ、人間の良心を正し、あなたの汚れなきみ心によって、希望の光が全ての人々に示されますように」、これが教皇在位26年を越えた「空飛ぶ教皇」の祈りであった。
