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ミリオネアからホームレス、そして躁鬱病からの年間1500人にあう財布の中身は6円

月収1000万から財布に6円になった男の話を、日曜日の朝に聞いた

別のZoomトーク会に、また第三者として混ぜてもらった。


樋口さん

ゲストは樋口大輔さん、44歳、北海道在住、息子二人、髪の毛が真っ赤。20代の頃に東京で月収1000万円のミリオネアだったが、今は財布の中身が6円。それでも本人は「いま人生で一番幸せ」と言う。


家に帰って電気をつけて一人という現実が悲しい

正直に書くと、この回はわかりやすい「変化のドラマ」が起きにくいタイプの回だった。

前に同じ主催のトーク会に混ぜてもらったとき、ゲストは56歳の女性で、「56年間苦しんで、ある日抜けた」という強烈な物語を持っていた。参加者の中には3分で人生観が変わる人もいて、ドラマとしての山場が明確にあった。

今回はそういう「わかりやすい山」がほぼなかった。それなのに、私は終わってからしばらく、この人のことを考え続けてしまった。なぜ考え続けてしまったのか、それを整理するためにこの記事を書いている。


6円の財布を持って東京まで来る男

樋口さんは、もともと2000年代のインターネット業界で、いわゆるアダルト系のマーケティング会社をやっていたらしい。本人いわく「どうやってYahooのトップに掲載できるかを1000人体制で考える仕事」。新宿のタワーマンションに住み、ATMで現金を下ろして毎晩飲みに行き、土日は車を買いに行く。25歳前後で月収1000万円のラインに乗っていた。


そこから何があったかというと、うつ病になった。本人の表現を借りれば、「ハイになり過ぎると、その反動で必ず落ちる」を周期的に繰り返した。最終的にコロナをきっかけに会社の資金繰りが悪化し、入院。北海道に移住して、心がフラットに戻ったのが3年前。

ここまで聞くと「成功と挫折の物語」のフォーマットで、よくある話のように聞こえる。ところが、ここからがこの人の独特なところだ。

現在の樋口さんは、年間1500人と1対1で会っている。1日4人ペース。営業マンとして。ただし、何も売っていない


ちょっとリッチに100円玉

主催者の松岡さんが質問する。

「樋口さん、いま財布の中身いくら?」

樋口さんが答える。

「6円です」

「6円? どうやって北海道から東京まで来たの?」

「青春18切符で」

「18歳じゃないけど青春18切符って買えるの?」

「いや、大人のなんとか切符だったかもしれないです」

このやり取りが、この会の輪郭をだいたい示している。


「営業マンなのに何も売らない」という構造

樋口さんは保険会社などから業務委託を受けている、いわゆる個人事業の営業職らしい。それで年間1500人と会っているのだが、商談がクロージングしない。


女装好きでもある

お話してると、なんかあの、物を売るのを忘れて仲良くなって、それで満足しちゃって

ビジネスがすごいって言って、いいですねって言うと、終わっちゃう

つまり、毎日4人の知らない人に会って、毎回相手のことを好きになって、そのまま終わる。1500人と会って、何も売らない。お金の話を引き出すきっかけを、自分から作らない。

主催の松岡さんがツッコむ。「そういう中で、人の時間を奪っているって自覚しなさいって言われたりもするんでしょ?

樋口さん「言われます。なかなかなおせなくて

ここで普通の話なら、「この人は成功できない人だ」という分類になる。資本主義社会において、人と1500回会って何も売れない営業マンは、客観的には機能していない。

ところが、観察していた私の中で、この見方が途中から崩れた。

崩れたきっかけは、樋口さんが「1回1回のZoomが、恋愛するように没頭する」と言った瞬間だった。


恋愛のように人と会う、ということ

1対1で話してると、毎回、相手のことをすごい好きになっちゃうんですよ

Zoomの中で、毎回恋愛をしてるような感じなんですけど

樋口さんはこれを、なんの誇張もなくサラッと言った。

MCの松浦さんが「そういうとき、無言の時間が怖くないですか?」と聞くと、樋口さんはこう答えた。

無言になったときこそ、すごいチャンスで

ヨーロッパの格言で、無言のときは妖精が通っている、って言うんですよね

子供のころ、片道2時間歩いて中学に通ってて、親友と歩いてるときに無言の時間があって、その時間が好きだったんですよ

気の知れた仲なのに、相手が気まずそうにしてる、その間合いを測ってる時間が好き

私はここで、ノートに走り書きで「この人は、人と一緒にいることが本当に得意な人だ」と書いた。

世の中の「コミュ力が高い人」のほとんどは、実は会話を回す技術が高いだけで、無言の時間を恐れている。だから誰かと一緒にいるのが2時間続くと疲弊する。樋口さんは違う。無言を「妖精が通る時間」と表現して楽しめる人は、コミュニケーションの達人ではない。一緒にいることの達人だ。

これは、たぶん市場価値として正当に評価されていない種類のスキルだ。「何も売らないけど、何時間でも一緒にいて飽きない」という能力に、現代社会は値段をつけていない。だから樋口さんは6円になる。

しかし、おそらくこの能力が一番不足している時代でもある。


「家の電気を一人でつける」という決定的シーン

会の中盤、樋口さんが東京で月収1000万円稼いでいた時代の話に戻った。

好きなだけ使って、3時4時まで飲んで、家に帰ってきて、電気をパチっとつけるじゃないですか

1人もいないんですよね

この時、寂しかったので

もう2度とそこには戻らない、お金を持ったとて、2度とそこには戻らない


この発言の前後で、Zoomの画面が一瞬静まり返ったのを、私は覚えている。

ここに、この会で一番大事なことが詰まっていたと思う。

「お金があった時代」と「6円の今」を比較したとき、樋口さんにとっての差分は、所得ではなかった。家に帰って電気をつけたときに、誰かいるかどうかだった。

これは私個人の事情を持ち込んで恐縮なのだが、この一文を聞いて、自分のことを考えてしまった。

今夜、家に帰って電気をつけたとき、誰かいるか。あるいは、誰かに「お帰り」と言われるか。この問いに対して、自信を持って「はい」と答えられない人は、思っているより多いんじゃないか。それは家族構成の問題というより、自分のことを誰がどれくらい気にかけているかの総量の問題だ。

樋口さんは、お金を持ったタイミングで、それを失ったらしい。1000万円稼ぐ生活では、夜中の3時に家に帰ることになる。3時に「お帰り」を言ってくれる人を持ち続けるのは難しい。

6円の今は、それを取り戻している。逆説的だが、お金が減ったから、人といる時間が増えた。経済的成功と、人といることの両立は、思っているほど簡単ではない


プライドという荷物を降ろした人

会の後半に、別の参加者から興味深い質問が出た。

経営者をやっているマッキーさんという男性が、こう聞いた。

樋口さん、内面に暴力的な部分とか、人を見下す部分って、ないんですか?

僕自身、プライドの塊で、従業員に対してもストレスがあるんです

樋口さんは少し考えてから、こう答えた。

昔はありました。お酒を飲んだ時とか、噛みつくこともあった

でも、考え方を変えたら、出てこなくなりました

人が攻撃してくるのも、その人がなんかこう、認められたいとか、自己肯定感を上げたいから、拳を振りかざしてきてる。ちっちゃい頃寂しかったんだったら、友達になろう、みたいな

これだけ聞くと、よくある「自己啓発的な良い話」に聞こえる。ところが、この言葉を樋口さん本人が言っているということに、重さがある。

なぜなら、樋口さんは月収1000万を経験している。新宿のタワマンに住んで、ATMで現金を下ろして飲み歩いていた人だ。そういう人が、6円の今、「攻撃してくる人を友達と思う」と言っている。

普通、こういうセリフは、もとから穏やかだった人が言うと、説得力がない。「あなたはそういう環境だったからでしょ」で済んでしまう。樋口さんの場合は、攻撃する側にいた経験がある人物が、ある時点を境にやめた、という構造になっている。これは、攻撃する側で消耗した経験者にしか出せない静けさだ。

マッキーさんは「自分にないものを全部持ってる人だなって思って、もう涙出そうになりました」と最後に言っていた。私もこの感想に近かった。


「失敗フォルダ」という発想

もう一つ、印象に残った発言がある。

別の女性参加者(ヘロちゃんと呼ばれていた)が、樋口さんにこう聞いた。

世間的な成功を樋口さんは『失敗フォルダ』に入れているんですよね?

私は逆で、失敗を糧に積み上げていく考え方なんです。樋口さんはどうやって過去を切り分けてるんですか?

樋口さんの答え。


本当に女装が好きなようである

子供の頃の自分は、たぶん正直なので、子供の頃の自分が良いって言ったものは良い

おばあちゃんから教わったものは良い

テレビドラマで見た悪役の方の自分は、ダメ

ヘロちゃんが「すっきりしました」と言った。私もここで、ちょっとひっかかった。

樋口さんがやっていることは、過去の自分を時系列で評価していないことだ。普通、人は「最近の自分の方が成熟している」と考える。ところが樋口さんは、子供の頃の自分を基準にして、それ以降のあらゆる経験を「子供の頃の自分から見て良いか悪いか」で振り分けている。

これは現代の自己啓発の主流である「成長することが善」という前提と、完全に逆の発想だ。

樋口さんにとって、月収1000万のキラキラした自分は「子供の頃の自分から見て、許せない自分」だった。だから黒歴史フォルダに入れた。10年間誰にも「俺、昔1億稼いでた」と話さなかったらしい。

これは強烈な自己評価軸だと思う。市場価値、社会的評価、年収、肩書き、それらすべてではなく、「子供の頃の自分が見たらどう思うか」だけを判定基準にする。

この基準を持っている人は、たぶん簡単には変質しない。何が起きても、判定する側が一人だけだからだ。


二次会で何が起きていたか

90分の本編が終わった後、二次会パートがあった。

ここで起きたことが、この会全体の中で最も奇妙で、最も印象的だった。

参加者の一人、かやさんという男性が、自転車で移動しながらZoomに参加しており、本編中もずっと自転車を漕いでいた。二次会に入ると、彼は「あと9分で電車に乗らなきゃいけない」と焦り始めた。

忘れ物しました、ipodのケース」「自転車の鍵は?」「お弁当は?」「ハンカチとティッシュは?

家を出る前の身支度を、なぜかZoomの全員が見守る形になった。誰一人「もう退出してください」とも「集中しろ」とも言わない。むしろ全員が「お弁当は?」「自転車空気入ってる?」と参加し始める。

しかも、もう一人の参加者の福島かや(仮名)さんという別人と、名前が同じだったため、誰がどっちの「かや」かわからない状況が発生する。

ここに、占い師の龍先生という人が遅れて入ってくる。樋口さんと運営の方々の名前から、即興で性格鑑定を始める。「松岡さんは感謝の人」「慎之介さんはカリスマ」「奇人ですね」と、テンポよく断定していく。

主催のお家のお風呂の話、ジビエのフルコースの話、無水カレーの話、明治神宮の和歌の話、そして同時並行で進む自転車中継。

カオスだった。

そして、これがこの会全体の中で最も参加者が嬉しそうな時間だった。


本編より二次会のほうが楽しいという事実

私は二次会の様子を観察しながら、これは何だろう、と考えた。


やはり女装が大好きなようだ

普通、オンラインセミナーは本編が主役で、二次会は余興のはずだ。本編の方が密度が濃くて、二次会はゆるい雑談として位置付けられている。

ところが、この会では完全に逆転していた。本編90分よりも、その後の45分間の二次会の方が、参加者の声のトーンが明らかに上がっていた。笑いが連発し、初対面同士が「今度ゆりさんちで会いましょう」「福岡で会いましょう」と約束を結び始めた。

何が違うのか。

私の見立てでは、二次会には**「ちゃんとしなくていい」という許可**が、明確にあった。タバコ吸いながらでもいい。自転車漕ぎながらでもいい。途中で抜けてもいい。お昼ご飯がグミでもいい。

本編にはこの許可がない、というわけではない。実際、本編でも運営は「グダグダだと思う人は退出してください」と言っていた。ただ、本編には「ゲストの話を聞く」という主軸があるため、参加者側はどうしても「聞く側のちゃんとしさ」を引きずる。

二次会にはその主軸がない。だから本当に何をしてもよくなる。お弁当の話とジビエの話と占いが、同じ時間に並行して進む。これが、本来の人間の集まりの姿に近い気がした。

樋口さんが冒頭で語っていた「家に帰って電気をつけたら一人もいない」という孤独と、この二次会の温度は、たぶん対のものだ。

人が一人ぼっちじゃない状態とは、整った会話ができる相手がいることではない。整っていない時間を一緒に過ごせる相手がいることだ。お弁当の中身を一緒に確認してくれる人がいて、自転車の空気入れたか聞いてくれる人がいる、ということ。それが、たぶん経済的成功よりも難しい。


オブザーバーが帰り道に考えたこと

会が終わって、私はノートを閉じた。

樋口大輔さんという人物について、第三者として残ったメモは、次のようなものだった。

この人は、何も売らないことで、何も売らなくてもよい関係性をたくさん作っている

普通の市場経済の論理では、これは負け組の生き方だ。ところが、年間1500人と1対1で会えて、北海道から東京まで青春18切符で来て、知らない宿でポケモンカードをもらって、徒歩で歩いていたらイヤホンが落ちていて、各地で誰かが助けてくれる。これは数字に出てこない種類の資本を、彼が膨大に保有しているということだ。

この資本に名前をつけるなら、「人と一緒にいる時間に対する信頼」になる。彼が誰かと一緒にいる時間は、その相手にとって価値がある。だから次も会いたくなる。会ったら何か助けたくなる。

これは、私の身の回りを振り返ったときに、誰がどれくらい持っているだろうか、と数えたくなる種類のものだった。

数えてみると、思ったより少なかった。

私の周りにいる多くの人は、「何か用件があるから会う」「情報交換のために会う」「ネットワーキングのために会う」という関係を結んでいる。「特に用件はないけど一緒にいる」という関係は、家族と、ごく一部の古い友人にしか残っていなかった。

それが悪いというのではない。ただ、樋口さんが体現しているのは、用件なしで人と一緒にいることのプロフェッショナルであり、これを私は普段の生活から失っている、ということだ。


「変な人」と「面白い人」の境界線

最後にもうひとつ、書き残しておきたいことがある。

樋口さんは、世間的なものさしで言えば、変な人だ。月収1000万円から6円になって、それを「成功」と言える。青春18切符で長距離移動できる。年間1500人と会って何も売らない。

ところが、観察していると、この「変な人」が、なぜか集まる人を集めていることに気づく。会には28人が日曜日の朝10時から集まった。MCを引き受けた松浦さんは「翌日、樋口さんに会いに行きます」と宣言した。占い師の龍先生は彼に「表裏なしの人」という鑑定を下した。

私が思うに、この**「変な人」と「面白い人」を分ける境界線**は、一点しかない。

それは、本人がそれを正直に生きているかどうかだ。

樋口さんは、自分のことを良く見せようとしていない。財布に6円しかないと正直に言う。月収1000万時代の自分を「失敗フォルダ」に入れたと言う。「ヘタレなんで、頑張りたくないんです」と公然と言う。

普通、こういう発言は、社会的に「だらしない」「向上心がない」と評価される。ところが、樋口さんがそれを言うと、なぜか変な引力が発生する。たぶん、本当に正直に生きている人を、現代の私たちはほとんど見たことがないからだ。

正直であることの希少価値が、上がっている。


家の電気をつけたとき

私はこの会が終わって、自分の部屋で電気をつけた。

家には誰もいなかった。樋口さんが20代に経験したのと、形だけ言えば同じ状態だった。

ただ、樋口さんとの違いは、私の頭の中に、たった今2時間半、何かをしていた人たちの顔がいくつか残っていることだった。MCの松浦さん、主催の松岡さん、自転車で焦っていたかやさん、6円の樋口さん、占いの龍先生、ジビエを食べていた誰か。

知らない人たちだ。でも、その時間を一緒に過ごしていた。

樋口さんが言っていた「家に帰って電気をパチっとつけて、一人もいない」は、おそらく物理的に一人ということではなかった。その日、誰の顔も頭に残らないまま帰ってきた、ということだったんじゃないかと思う。

私が今日数えていたのは、樋口さんの財布の中身ではなく、今日一日で誰の顔が頭に残ったかだったのかもしれない。

それは、6円より、もう少し数えにくい単位だった。


この記事は、ある日曜日の朝に開かれた約2時間半のオンライントーク会を、第三者として観察したメモをもとに書きました。発言は録画とメモから再構成しています。固有名は会の中での呼び方を踏襲しています。

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