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メールのCCに入れられる人と、入れられない人の違い

新しいプロジェクトのメールが飛び交い始めたとき、ふと気づきます。自分がCCに入っていません。昨日まで関わっていた案件のスレッドから、いつの間にか名前が消えている。誰かに外されたのか、最初から入れ忘れられたのか。聞くほどのことでもない。けれど、胸の奥に小さな引っかかりが残ります。

メールのCCは、組織図ではありません。けれど、組織図より正確に「誰が誰を必要としているか」を映します。

CCに入れられる人には、二種類います。一つは、決裁や承認に関わる人。この人を外すと手続き上の問題が起きる。もう一つは、「この人には知っておいてほしい」と送信者が判断した人です。後者の判断は、完全に送信者の裁量に委ねられています。マニュアルにもルールにも書かれていません。

つまり、CCに入れられるかどうかは「あなたの仕事に関係があるかどうか」ではなく、「送信者があなたを関係者だと認識しているかどうか」で決まります。実際に深く関わっていても、送信者の視界に入っていなければ、CCには入りません。逆に、直接の担当でなくても、送信者が「この人は把握しておくべきだ」と思えば入る。

ここに、静かな非対称が生まれます。CCに入れられない人は、自分が外されたことに気づきにくい。存在しないメールは、受信トレイに届かないからです。入れられている人は「また増えた」と苦笑する。入れられていない人は、そもそも何が起きているかを知りません。情報から遠ざけられていることに気づく手段がない。

一方で、CCに入れられ続ける人の負荷を、送信者は想像しません。「念のため共有します」の一通が、受信者には「読んで、把握して、必要なら反応する」という無言の業務になります。CCとは、善意の形をした仕事の配布です。

けれど、それでも外されるより入れられるほうがいい、と感じる人は多い。なぜなら、CCに入っているうちは、少なくとも「関係者」でいられるからです。外された瞬間、自分がそのプロジェクトにとって透明になったことを意味します。

CC欄は、誰も意識しないまま、毎日書き換えられている座席表です。その表に自分の名前があるかどうかを、本人だけが静かに確認しています。

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