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AIが旧約聖書の「著者」を特定する? ── 200年の論争に、最新テクノロジーが切り込んだ

旧約聖書の最初の五つの書物、いわゆる「モーセ五書」を、本当にモーセ一人が書いたのか。ユダヤ教やキリスト教の伝統ではモーセの著作とされていますが、この問いは18世紀から聖書学者たちの間で延々と続いてきました。そして2025年、二つの国際研究チームがそれぞれ独立にAIを活用した分析結果を発表し、この古い問いに新たな手がかりを投じています。

モーセ五書をめぐる「文書仮説」とは

聖書を丁寧に読むと、同じ出来事が微妙に食い違う形で二度語られたり、神の呼び名が突然切り替わったり、前後の話がかみ合わない箇所がいくつも見つかります。こうした矛盾や重複を説明するために19世紀に生まれたのが「文書仮説」です。モーセ五書はもともと四つの独立した文書(J、E、D、P)を、後世の編纂者がひとつにまとめたものだ、という考え方でした。

イェール大学のジョエル・バーデン氏は、この仮説がヨーロッパで一時期ほぼ放棄された後、近年「新文書仮説」として復活しつつある状況を詳しく整理しています。

旧来の文書仮説には弱点がありました。特定の単語が特定の著者に「属する」という前提に頼りすぎたのです。ヘブライ語を使う書き手なら、誰でも同じ単語を使える。当たり前のことですが、かつての研究者はこの点を軽視していました。新文書仮説はその反省に立ち、単語の分布ではなく、物語の筋や因果関係の矛盾といった構造的な手がかりから著者の違いを見分けようとします。バーデン氏の言葉を借りれば、文書仮説はあくまで「文学的な問題に対する文学的な解決策」であり、それ以上でもそれ以下でもありません。

AIが検出した三つの「文体指紋」

ところが2025年6月、デューク大学のシラ・ファイゲンバウム=ゴロヴィン氏を中心とする国際チームが、AIによる統計的手法でこの問題に踏み込みました。チームにはライヒマン大学のコンピュータ科学者、コレージュ・ド・フランスの聖書学者、テルアビブ大学の物理学者と、実に多彩な顔ぶれが揃っています。

彼らが注目したのは、著者が無意識に使う単語の頻度パターンです。日本語でも、「しかし」を多用する人、「けれども」を好む人がいるように、古代ヘブライ語の書き手にも、内容に関係なく特定の語を多用したり避けたりする癖がありました。研究チームはヘブライ語聖書の冒頭九巻(いわゆる「九書」)を対象に、この「文体の指紋」をAIで抽出しました。

その結果、三つの明確に異なる文体グループが浮かび上がりました。申命記系(D)、申命記史家(DtrH)、祭司文書(P)の三者です。DとDtrHは互いに似通っているのに対し、Pはそのどちらとも異なる特徴を示しました。これは従来の聖書学の知見と合致する結果です。何百年もかけて学者たちが積み重ねてきた議論を、AIがわずかな時間で追認した形になります。

さらに興味をひくのは、このAIが「ブラックボックス」ではなかった点です。どの単語の頻度差が判定の根拠になったのかを明示できる設計になっていて、聖書学者が結果を検証しやすい仕組みになっています。

死海文書の年代を書き換えるAI「エノク」

同じ2025年6月、もうひとつの注目すべき研究が発表されました。オランダ・フローニンゲン大学のムラデン・ポポヴィッチ氏らのチームが開発したAI「エノク(Enoch)」が、死海文書の年代推定に挑んだのです。死海文書とは、1947年以降にヨルダン川西岸の洞窟群から発見された約1000点の古代写本群で、ヘブライ語聖書の最古の写本を含む第一級の史料です。

死海文書の大半には日付が記されていません。これまでは古書体学(筆跡の様式から年代を推定する手法)に頼ってきましたが、研究者によって見解が分かれることも珍しくありませんでした。

エノクは、放射性炭素年代測定で年代が判明している24点の巻物の筆跡を学習し、そこから筆記スタイルの時系列変化を捉えます。このモデルを未年代の135点の巻物に適用したところ、約30年の誤差で年代を推定できました。そして多くの巻物が、従来考えられていたよりも数十年から最大で百年ほど古い可能性が示されたのです。

とりわけ衝撃的だったのは、ダニエル書と伝道の書(コヘレトの言葉)の写本断片です。放射性炭素年代測定の結果、これらの写本はそれぞれの書物が最初に書かれたとされる時代にまで遡る可能性が出てきました。例えばダニエル書の断片(4Q114)は紀元前220〜165年の範囲に収まり、従来の古書体学による推定よりも数十年古いことになります。原著者の時代に限りなく近い写本が、実際に手元にあるかもしれないのです。

二つの研究が照らす未来

ファイゲンバウム=ゴロヴィン氏のチームが文体の違いから「誰が書いたか」に迫り、ポポヴィッチ氏のチームが筆跡の変遷から「いつ書かれたか」に迫る。アプローチこそ違いますが、どちらも人間の目では捉えきれない微細なパターンをAIの力で可視化した点で共通しています。

もちろん、こうした成果にはまだ慎重な検証が必要です。エノクの学習データは24点と少なく、聖書の文体分析もヘブライ語の限られたテキストが対象です。学界からも異論は出ています。それでも、古代の書き手たちが羊皮紙に刻んだインクの痕跡から、数千年後のコンピュータが彼らの「癖」を読み取っている。その事実そのものに、筆者はある種の感慨を覚えます。

聖書というテキストは、信仰の書であると同時に、古代世界を映す鏡でもあります。AIという新しい道具が、その鏡をもう少しだけ磨いてくれるのかもしれません。今後の研究の進展を、引き続き追いかけていきたいと思います。

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参考記事

〇The Re-Emergence of Source Criticism: The Neo-Documentary Hypothesis(2012年5月)

〇Critical biblical studies via word frequency analysis: Unveiling text authorship(2025年6月3日)

〇Dating ancient manuscripts using radiocarbon and AI-based writing style analysis(2025年6月4日)

〇AI reveals hidden language patterns and likely authorship in the Bible(2025年6月5日)

https://phys.org/news/2025-06-ai-reveals-hidden-language-patterns.html

〇AI analysis of ancient handwriting gives new age estimates for Dead Sea Scrolls(2025年6月7日)

〇AI Unveils Secrets of Biblical Authorship in Groundbreaking Study(2025年6月9日)


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