消された古代ギリシャの星図が、粒子加速器で2000年ぶりに蘇る

約2150年前、古代ギリシャの天文学者ヒッパルコスは、肉眼で観測できる850以上の星の位置を記録した星表を作成しました。この星表は「天文学の父」による人類初の精密な天体座標カタログとして、科学史における重要なマイルストーンでした。しかし長い年月の中で失われ、その存在は後世の文献による言及からのみ知られていました。
ところが2026年1月、科学者たちは粒子加速器を使って、この幻の星表の断片を解読することに成功したのです。カリフォルニア州のSLAC国立加速器研究所で行われたこの研究により、1500年近く前に削り取られて見えなくなっていた古代ギリシャ語の文字が、再び姿を現しました。
パリンプセストに隠された秘密
発見の舞台となったのは、「コデックス・クリマキ・レスクリプトゥス」と呼ばれる古文書です。パリンプセストとは、高価な羊皮紙を再利用するために元の文字を削り取り、新しい文章を上書きした写本のことを指します。この写本は5世紀から6世紀にかけてエジプトのシナイ山にある聖カタリナ修道院で作られましたが、その後9世紀から10世紀にかけて、修道士たちが元の文章を削り取り、シリア語で宗教文書を書き加えました。
パリンプセストの作成は、当時の社会では珍しくない習慣でした。動物の皮から作られた羊皮紙は非常に高価だったため、古い写本から文字を削り取って新たな用途に使うことが頻繁に行われていたのです。しかし、この慣習が後世の研究者にとっては大きな課題となりました。貴重な古代の知識が、文字通り「消されて」しまったからです。
粒子加速器が明かす見えない文字
研究チームは、シンクロトロンと呼ばれる粒子加速器を使用しました。この装置は電子を光速近くまで加速し、曲線軌道を描かせることで強力なX線を発生させます。このX線を羊皮紙に照射すると、異なる時代に使われたインクの化学組成の違いが浮かび上がるのです。
フランス国立科学研究センターのヴィクトル・ギゼンベルグ研究員が率いるチームによれば、新しく書かれた文字のインクには鉄分が多く含まれていたのに対し、数百年前のヒッパルコスの星表を書き写した際のインクには、カルシウム成分が豊富に残っていました。研究チームはこの化学的な違いを利用して、見えなくなっていた古代ギリシャ語のテキストを読み取ることができたのです。
ウィスコンシン大学マディソン校の物理学者ウーヴェ・ベルクマン教授は、「インクの痕跡に含まれる元素がX線によって励起され、蛍光を発します。目には見えませんが、化学的な痕跡は確かに残っているのです」と説明しています。
写本の取り扱いには細心の注意が払われました。ワシントンD.C.の聖書博物館からSLAC研究所まで、羊皮紙は湿度管理された容器に入れられ、手で運ばれました。極めて古く脆い素材であるため、機械的な振動や環境変化から守る必要があったのです。
肉眼で見た星空の驚くべき正確さ
今回明らかになった星表の断片は、紀元前150年頃のヒッパルコスの観測記録に基づいています。彼は望遠鏡も近代的な測定機器も持たず、すべて肉眼で星の位置を記録しました。しかし、その座標の精度は驚くべきものでした。研究チームの分析によれば、ヒッパルコスの星表は実際の天体位置から1度以内の誤差で記録されており、これは後世のプトレマイオスの星表よりも正確だったことが判明しています。
ウィスコンシン大学マディソン校の物理学者ミンハル・ガーデジ氏は、「これは天の現象について書かれた古代ギリシャの詩で、付録には詩で論じられた星々の座標と、星図の小さなスケッチが含まれています」と説明しています。この写本は、紀元前275年頃に作られたアラトスの詩「ファイノメナ」の6世紀の写しで、ヒッパルコスの星表からの引用が注釈として加えられていたのです。
科学史上の謎を解く鍵
今回の発見は、単なる古代の文書の復元以上の意味を持っています。2世紀に活躍したローマ・エジプトの天文学者プトレマイオスが、ヒッパルコスの星表を盗用したのではないかという長年の論争に、一つの答えを提供するからです。
ギゼンベルグ研究員は、「それは盗作ではなく、科学です。私たちは今日でも同じことをしています。最良のデータを得るために複数の情報源を組み合わせているのです」と述べています。分析の結果、プトレマイオスの星表はヒッパルコスの観測を参照しつつも、他の学者による資料も取り入れていたことが明らかになりました。
SLAC国立加速器研究所のサミュエル・ウェッブ主任研究員は、「幸いなことに、これらの文書は非常によく保存されていました。美しい画像と美しい文字が見えています」と述べています。
古代の知恵と現代技術の出会い
この研究は、最先端技術が過去の知識を解き明かす好例と言えます。粒子物理学の研究のために開発された装置が、今では脆い羊皮紙に残された化学的痕跡を読み取るために使われているのです。
研究チームは今後、コデックス・クリマキ・レスクリプトゥスの残りのページもスキャンする予定です。コンピューターアルゴリズムが文字と地図をさらに強調し、わずかな痕跡からより多くのデータを引き出すことができるでしょう。
サスカチュワン大学の化学者グラハム・ジョージ氏は、「星表の研究が何を示すのか、誰にもわかりません。結果を待ちきれません」と期待を寄せています。以前の実験では、紀元前3世紀のアルキメデスの著作から、17世紀に発明されたとされる微積分学の基礎に関する記述が発見されたこともあります。
ヒッパルコスは春分点の移動を理解し、星の明るさを測る等級スケールを発明し、惑星の運動を観測し、新星を発見し、驚くほど正確な天体予測を行いました。彼の星表は、人類が組織的な取り組みとして周囲の世界を測定し予測しようとした科学の誕生における、重要な節目なのです。
今回の発見により、ヒッパルコスの業績がより具体的になり、古代ギリシャにおける「史上最も偉大な天文学者」の称号がいかに相応しいかが証明されました。望遠鏡のない時代に、人類は夜空をどのように理解しようとしたのか。その問いに対する答えが、2000年の時を超えて、私たちの前に姿を現しつつあります。
参考記事
〇A Greek star catalog from the dawn of astronomy, revealed(2026年1月30日)
〇Lost ancient Greek star catalog decoded by particle accelerator(2026年1月30日)
〇Erased for centuries, Hipparchus' star catalog resurfaces after particle accelerator scan(2026年1月30日)
〇New evidence for Hipparchus' Star Catalogue revealed by multispectral imaging(2022年11月)
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/00218286221128289
