モキュメンタリーと真偽と創作
「モック+ドキュメンタリー」です。
モックとは「疑似」という意味。
ドキュメンタリーとは
「事実」のテーマや出来事について
レポートする記録映画や番組のこと。
ちなみにドキュメントとは
証拠や情報などの記録を指します。
つまり「疑似レポート」ですね。
本当にあったこと「であるかのように」
「見せかけた」記録レポートという意味です。
最近の有名なモキュメンタリー作品と言えば
雨穴(うけつ)さんの『変な家』でしょうか?
「これは本当にあったことです」
そのように「偽装」する語り口で進んでいく。
それゆえモキュメンタリーは
「フェイクドキュメンタリー」とも言われる。
言わば、フェイクニュースの作品版ですね。
類似する呼び名もあります。
◆ハーフ(セミ)ドキュメンタリー
◆ハーフ(セミ)フィクション
『虚実ないまぜ』の語り口。半分、うそい。
ただそれがゆえに聞き手や読み手は
お話の真偽が容易には判断できず、
「本当にあったことかも…?」と
お話に引き込まれていく。
ホラーやミステリーの文脈でよく使われます。
本記事は、このモキュメンタリーについて
その歴史を探っていきましょう。
…そもそも「物語」は、全部が全部
「事実」を指してはいないものです。
事実は、誰かの五感と脳内を通り、
脚色され、つくられて、誰かに伝わる。
神話や昔話を思い浮かべてください。
ギリシア神話のゼウスが実在して、
雷を本当に落としたとは考えにくい。
桃太郎が本当に実在して、
鬼ヶ島で鬼を退治したとも思えない。
…ただ、そんな物語ができた、ということは、
「何か元になる出来事があったのでは」と
思わさせられます。
雷が落ちるところからゼウスが創り出される。
島の征服から桃太郎や鬼が生み出される。
犬猿雉にきびだんごのエピも創られる。
しかし、神話や昔話のことを、
私達はモキュメンタリーとは言いません。
なぜでしょう?
…それは、神話や昔話においては
「フィクションみ」が強い、というお約束を
みんなが知っているから。
話半分。事実そのものではないと思う。
そう言えば「小説」という言葉も、
元は「ホラ話」という意味です。
だから「小さい話」と書く。
事実のような大きな話ではないという意味。
物語を、フィクション、ホラ話として、
人々は楽しんできました。
面白いが事実ではないだろう。
話を盛っている。そんな共通認識があった。
『源氏物語』のモテ男、光源氏にしても、
『アラビアンナイト』のシンドバッドにしても、
『三国志』の「天才軍師」諸葛孔明にしても、
ホームズも金田一耕助(少年のじっちゃん)も
通常の人間とは思えぬ能力がゆえに
「つくられたキャラだよね」という共通認識…。
…それが、とあるラジオ番組で
「裏返った」という「物語」があります。
1938年、アメリカ合衆国。
『宇宙戦争』というSF小説を
ラジオでオーソン・ウェルズという俳優が
脚色して朗読しました。迫真の演技!
それは人々を信じ込ませるに足るものだった。
聴いた人が、恐怖におののく。
火星人がこの地球に襲来してくるぞ!
民衆の間でパニックが起きた…!
「オーソン・ウェルズ、凄いですね。
これがモキュメンタリーの起源ですか?」
…そう思いましたか?
実はこの『宇宙戦争の朗読にまつわる話』
そのものも、またモキュメンタリーなのです。
疑似レポートのフィクション。
つまりフェイクニュース。
近年の研究によると、
オーソン・ウェルズの迫真の演技と朗読を
「事実だ」と信じたリスナーは「ほぼゼロ」。
つまり、みんなフィクションだと
正確に判断していたそうなんです。
パニックなんか起きていない!
そもそもこのラジオ番組の聴取率
(視聴率みたいなもの)も約2%で、
そんなに多くの人が聴いていたわけでもない。
「いわゆる『都市伝説』!
なぜこのラジオ番組でパニックが起こった、
という物語が流布したんですか?」
…これは、新聞記者たちによる
「でっちあげ」だったと言われています。
虚実ないまぜて、面白おかしく書き立てた。
ただ、でっちあげでも、実際は起きていなくても
「パニックが起きた!」という報道が
新聞でなされたこと自体は事実です。
「今も昔も媒体が変わっただけで
あまり変わらないものですねえ…。
現代のSNSでも色々と起こりますからねえ。
何が真実で何が嘘かが分かりにくい。
フィクションに見せかけた事実もあれば、
事実に見せかけたフィクションもあるでしょう。
コナン君が『真実はいつも、ひとつ!』と
力強く言ってくれているのに…」
まあ、コナン君も創作されたキャラですから。
日本におけるエピソードも一つ紹介します。
1972年に起きた『ドルゲ事件』。
これはさいとう・たかをさんの漫画を
原作とした『超人バロム・1』という
TV番組が引き起こした事件。
この作品では悪の化身として
『ドルゲ』というキャラが出てきます。
「ルロロロロロロ、ドールゲー!」という
不気味な声とともに登場する。
人間をドルゲ細胞で冒して、
ドルゲ魔人を作り出すフィクションのキャラ!
…この悪役の登場に、心を痛めた人がいる。
神戸市に住んでいた「ドルゲ」という名の
ドイツ人の音楽講師の方です。
「自分の子どもがこの番組の影響で
いじめられてしまうかもしれません」
放送局に抗議した。
その影響により、番組のオープニングの
タイトルのラストに、
あの文言が映り出ることになりました。
『このドラマに出てくるドルゲは
架空のもので、
実際の人とは関係ありません』
いわゆる「フィクションですよ宣言」!
逆に言えば、ちゃんとこう言わないと
フィクション、創作を事実だと思って
現実のドルゲ君をいじめてしまう人が
出てきてしまうかもしれない…という配慮。
さあ、ここまでで
皆様はどう思われましたか?
◆神話や文学作品などの「壮大な創作、物語」
◆名優による迫真の演技、パニックもまた物語
◆ドルゲ事件の後の「フィクションですよ宣言」
◆『変な家』などモキュメンタリーホラーの隆盛
◆SNSの情報は?
最後にまとめます。
本記事では、現実と創作の枠が曖昧な
「モキュメンタリー」について、
その歴史から書き出してみました。
人間は「解釈」する生き物です。
嘘か真か、発信する・解釈するのは個々人。
誠心誠意嘘をつく、という言葉もあります。
大きなフェイクも、皆が信じれば本物になる。
大きな真実も、皆が信じなければ嘘になる…。
言葉は「限界」のあるツールです。
世界そのもの全部をあらわすことはできない。
定義も人によって違う。
ゆえに、誤読、誤解、誤報、悪影響、
そういったものが生じがちです。
ですが、そんな限界を踏まえた上で、
私達は必死に言葉で発信を重ねています。
私も「小説」を書いています。
その真偽のはざま、言葉の限界を考えつつ、
言葉を紡いでいきたいと改めて思いました。
読者の皆様は、いかがですか?
どうやって自分なりに真偽を見極めますか?
そもそも真偽とは?
どう取捨選択して、どこまで書きますか?
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