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大相撲本場所改革案

令和元年の大相撲も終了しました。だいぶん戦国模様になってきたとはいえ、あいかわらず「けっきょくは白鵬」は揺るがず。とはいえさすがに衰えは隠せず、白鵬・鶴竜の2横綱体制がいつまでもつんだろうかといった感じでした。さて来年はどうなるでしょうかね。

そんな大相撲ですが、ここ数年の間に目立ってきたのが休場力士の多さ。毎場所のように「雑記」に書いているんですが、とくに横綱・大関といった看板力士の休場が目立ちます。

もちろん、力士諸兄がサボっているわけではないのは承知しています。休場の原因は病気または負傷によるものがほとんどです。

病気に関しては、ある程度は不可抗力なんですが、休場理由の多数を占める負傷に関しては、防ぎようがあるのではないでしょうか。

かといって、負傷の原因を「昔の力士に較べて稽古量が足りないから」などという原則論や精神論に帰するのはナンセンスでしょう。

時代も生活スタイルも力士の体質も変化しているんですから。

そこで原因のひとつとして考えられるのは、力士のオーバーワークが常態化しているのではないかという問題。

今年初場所で引退した稀勢の里の例を引くまでもなく、ケガ→休場→治療→治り切らない→次場所迫る→無理して出る→悪化もしくは再負傷または負傷個所をかばうために別の個所の負傷→また休場。

この「負のサイクル」を断ち切らないと、休場は多いままだし、力士生命は短くなるし、将来有望な力士が消えてしまうということが繰り返されるのではないでしょうか。

土俵上のアクシデントは、相撲が格闘技である以上、仕方ありません。同じく稽古中の負傷も避けられないものでしょう。

問題は、その負傷が癒えないうちに土俵に上がらざるを得なくなることでは。

土俵上の負傷は負けと換算しない公傷制度を復活すればいいのでしょうが、それだと稽古での負傷は救済できません。かといって多くは非公開に近い部屋での稽古まで公傷でカバーすると、そこには不正が生まれる可能性も。

そうなると打てる手段はひとつだけ。

本場所の相撲を減らすことです。

現在の1場所15日、年6場所、総計年間で90番を変更しましょうというのが、今回の妄想提案。

とはいえ、このシステム、なかなかよく出来ています。1958年(昭和33年)に年6場所が定着して以来、すでに60年余。場所と場所の間隔がほぼ均等になり、東京の国技館での本場所と地方場所が交互に開催できるのが絶妙。また1場所15日制も、日曜日に始まって日曜日に終わるというスグレモノ。

もはや他のシステムが考えられないくらい便利で、かつ広く一般に浸透しているこれを変えようってのは、ちょっとタイヘンでしょうね。

第一、本場所の開催日数が減れば、相撲興業の回数が減り、相撲協会の減益につながるのですから、そこはそれ大人の事情をいうまでもなく、不可能でしょう。

それでも、そこをムリヤリに考えてみました。

考えた末の結論として、本場所の前後半の間にブレイクを入れるというのをひねり出しました。あんがい無難な方策でしょう?

初日から7日目までをいままで通り開催し、その後1週間程度の中断期間(ブレイク)を入れてから再開、8日目から千秋楽までを行なうのです。

こうすると、すくなくとも15日連続で相撲を取る必要がある現在よりも、力士の疲労は軽減されるでしょう。不幸にして前半にケガや病気で休場してもブレイク中に治療できれば、ぐっと楽になるかも。

初日を日曜日にすると7日目が土曜日になります。ここで中断期間に入り、日曜日から土曜日までが1週間のブレイク。そして翌日曜日に中日から再開すれば、千秋楽は従来通りに日曜日開催。

興行的にはこの線でいけるのでは。

ブレイクには大相撲らしく「中休み」とか「取組止め」とか名づけたいですね。

さらに進めるならば、5日間ずつ3回に分ける手もあります。現在も初日から5日目までを序盤戦、6日目から10日目までを中盤戦、11日目から千秋楽を終盤戦と呼びますよね。そのそれぞれの間に1週間ずつの休養日を入れるのです。力士の身体的負担はさらに軽減できるのでは。

ただしこれでは、本場所開催期間が大きく延びてしまい、結果的に場所と場所の間隔が縮まってしまうという欠点があります。

そこまでやるならば、いっそのこと1場所の日数を減らして、たとえば1場所9日間で年間10場所とかも考えられそうですが、これは「記録」の整合性で問題が出ます。

いまでも、たとえば「角聖」双葉山の69連勝、優勝12回と、白鵬の63連勝、優勝43回をくらべるのには違和感があります。双葉山の時代は年間2場所制だったからです。いまの6場所制下での白鵬の記録とくらべるのに、単純に3倍しましょうとはならないでしょう?

だから、過去の名横綱、大横綱と記録を比較するのには、6場所、15日制が定着して以降の記録しか使えないわけです。

ここで1場所の日数や1年の場所数を変えてしまうと、これまで営々と半世紀以上にわたって積み上げてきた過去の記録との比較という楽しみは消滅してしまうのです。

だから、15番を戦ってその勝敗で場所優勝を決め、年間で6回その優勝が決まってゆくという現在のシステムの根本は崩したくないですよね。

15番の1場所の中間にブレイクを入れるというシステムならば、記録の比較にはそれほど大きな支障はないはずです。

このシステムのもう一つのメリットは、本場所開催地を増やせる可能性があるってことです。これは魅力ありますよ。前半戦と後半戦を、同じ土地で開催する必要はないですからね。

たとえば、年間6場所の前半戦や後半戦の一部を、現在は本場所開催がない地方、例えば北海道、東北、北陸、中国、四国などへもっていくのです。現在の6場所制では不可能に近い開催地増加も、この制度ならばできるかも。さらにいえば、本場所の海外開催も可能性が見えてきますね。これは相撲人気のさらなる増加につながるに違いない。

初場所は暖かい四国の松山あたりで開幕しブレイク後の後半戦は東京の国技館で。春場所は広島あたりで開幕し後半は従来通りの大阪。夏場所は前半戦を東京で行ない後半は金沢で。名古屋場所は前半を涼しい北海道、後半は名古屋で。秋場所は前半を仙台、後半は東京開催に。そして九州場所は福岡で開幕し、年間納めの興行は東京の国技館で。

こうすれば、全国各地で本場所を観戦することが可能になり、ファン層の拡大にもなるでしょう。もちろん開催地を年によって変えていくこともできますよね。

ああその際には、名古屋場所と九州場所を中心に、本場所の名称は一部変更しましょう。従来の夏場所を皐月場所、名古屋場所を盛夏場所、九州場所を冬場所と改称するのはどうでしょう。

前にも書いたことがありますが、大相撲の歴史は改革の歴史でもあります。明治時代にスタートした相撲協会による本場所制度は、場所数、場所の日数はもとより、優勝制度や土俵の仕様などさまざまな改革改良をそのつど加えてきたのです。

だから恐れることはありません。なによりも力士の身体、健康を守るというのは、誰も反対できない大義名分でしょう。どうでしょう、やってみる価値があるのではありませんか?

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