史上最強の横綱対立
新型コロナとやらのせいで本場所が中止になり、相撲がなくなって早4カ月になろうとしています。まったくつまらん(相撲だけじゃないが)
これで困ったのがNHKさん。
本場所中継をしていたはずの放送枠を埋めるのにかなりのご苦労があったものと思います。お疲れさま。
そんななか、日曜日夕方の中継枠を利用して、3回にわたって放送した「大相撲特別場所」はなかなかの好企画でした。過去の名勝負をまとめて見せてくれて、なかなか勉強にもなりましたし。
そこでふと思ったのですが、東西に両横綱が並び立つ「××時代」って、けっこう大相撲独自のものですよね。東西の番付がある大相撲ならでは。
一般によく並び称される東西ライバル横綱というと……
栃錦と若乃花(初代)の「栃若時代」
柏戸と大鵬の「柏鵬時代」
北の富士と玉の海の「北玉時代」
輪島と北の湖の「輪湖時代」
曙と貴乃花(2代目)の「曙貴時代」
朝青龍と白鵬の「青白時代」
ま、こんなところかな。いずれ劣らぬ大横綱、名横綱の勢ぞろい。各時代の名称もいかにも大相撲っぽくていいですねえ。
となると、じゃあどの時代が一番なんだ、といつもの癖が頭をもたげます。そう、東西に大横綱が並んだどの時代が、大相撲最高の黄金時代なのか?
といっても、その最大の決め手は「時代の空気」ですから比較のしようがありません。なので、ここは「記憶より記録」で攻めてみましょう。
まずは単純に優勝回数。これは数ある記録のうちでももっともポピュラーですからね。両横綱の優勝回数を合計するとこうなります。
栃若 20回 (栃10 若10)
柏鵬 37回 (柏5 鵬32)
北玉 16回 (北10 玉6)
輪湖 38回 (輪14 湖24)
曙貴 33回 (曙11 貴22)
青白 69回 (青25 白44)
おお、輪湖時代の38回、柏鵬時代の37回をはるかにしのいで69回をスコアした朝青龍と白鵬のモンゴルコンビが断トツですね。
……って、これはちょっとねえ。なにしろ白鵬の優勝は朝青龍引退後に積み重ねた部分が大きいですからね(朝青龍引退以前は9回)
そう、じつは青白の両雄は東西に並び立つというよりも、全盛時期の入れ替りの部分が交わった印象のほうが強いのです。昇進時期が4年以上も離れていますからね(青2003年3月・白2007年7月)
やはり両雄が並び立った時間が長いほうが「時代」としてはふさわしい。
上記の両雄たちのうち、両横綱が同時に昇進したのは「柏鵬」と「北玉」だけ。そこで両者が並び立った時期を「後発の横綱が昇進した場所から片方の横綱が引退した場所まで」と定義してみると、こうなります。
栃若 13場所 (1958年3月~1960年5月) 10回
柏鵬 47場所 (1961年11月~1969年7月) 30回
北玉 10場所 (1970年3月~1971年9月) 8回
輪湖 40場所 (1974年9月~1981年3月) 27回
曙貴 37場所 (1995年1月~2001年1月) 22回
青白 16場所 (2007年7月~2010年1月) 14回
場所数では柏鵬時代がトップですね。8年近く番付のトップを占拠し続けたわけです。次いで輪湖、曙貴が続きます。
こうしてみると、栃若時代って短かったんですね。わずか2年余です。北玉時代は片方の雄である玉の海が現役のまま急逝したため、短期に終わっています。
もう一つ注目したいのはリストの右端に記した優勝回数。この期間中に両横綱のどちらかが優勝した回数です。
時期が長かったせいか、ここも柏鵬時代がトップ。ここでも輪湖、曙貴が続いています。
ただこれを期間中の優勝占拠率(優勝回数÷場所数)で考えると様相が変わります。
16場所中14場所を制した青白時代、10場所中8場所を制覇した北玉時代が占拠率8割越え(青白8割7分5厘 北玉はジャスト8割)でトップ2。逆に6割に達しなかった曙貴(5割9分4厘)と、それをわずかに上回っただけの柏鵬(6割3分8厘)がボトム2です。
期間は短くとも、その間常に両雄が君臨し続けるのは印象が強いですね。とくに北玉時代の両雄は、わずか10場所とはいえ、その間に優勝を逃がしたのは2場所だけでその2場所も先輩横綱・大鵬の優勝ですから、時代としての価値は高いでしょう(青白が優勝を逃した2場所はいずれも大関が優勝) また北玉時代最後の3場所は両雄が交互に全勝優勝。このままいくと超強力な時代が築かれると誰もが思った矢先でしたから、惜しんでもあまりあります。
うーむ、視点を変えるごとに違ったコンビが上位にくる……こうして比較しても、どの両横綱コンビも、いずれ劣らず、まさに竜虎相打つ、甲乙つけがたい黄金時代となるのが横綱対立時代なのです。おお、無難な結論だ。
では最後に、余分な比較を。
両雄の引退後の相撲人生はどうだったか? いやこれは、かなりキビシイものですよ。
もう一度上記のリストを眺め直してみると……
引退後に何らかのトラブルなどがあって、相撲協会員(親方)を最後までつとめなかったのが、北の富士、玉の海、輪島、曙、貴乃花、朝青龍と6人もいます。現役の白鵬を別にすると、なんと半数を占めているじゃないですか。まぁ現役中に急逝した玉の海はともかくとして、理事選挙のゴタゴタで協会におさらばした北の富士、年寄株にまつわる不祥事を起こした輪島、格闘技からプロレスへと走った曙、協会改革を挫折した貴乃花、そして品格不足といわれて協会に残らずに引退した朝青龍といずれも大いに世間を騒がせています。
逆に、栃錦、若乃花、北の湖は、いずれも相撲協会理事長まで勤め上げたのですから、お見事。なかでも栃若の両雄は、唯一ふたりとも理事長になっています。ううむ、さすがは戦後大相撲初の黄金時代といわれた栃若時代。
そういえば、柏戸と大鵬はともに親方生活をまっとうしましたが、残念ながら横綱を育てることは出来ませんでした。では、自分の弟子を見事に横綱に育て上げた名伯楽はというと……
若乃花(2代目)と隆の里を育てた若乃花、先代からの引継ぎとはいえ栃ノ海を昇進させた栃錦、最後は協会を去る形になったものの大横綱・千代の富士と現理事長の北勝海を育て上げた北の富士だけなのです。
どうやら、この分野では、昔の横綱たちの方が優れていたようですね。
まぁいろいろ言いましたが、要するに何が言いたいかというと、そろそろこうした両雄対立時代が見たいってことです。白鵬の独走モノポリー時代がもう10年以上も続いていますからね。それを果たすのは、さあ貴景勝か朝乃山か正代か御嶽海か……
もちろんそれ以前に、この白鵬を倒して時代を掴まねばならないのは言うまでもないですね。
