和製クリスティーの世界

「ミステリの女王」アガサ・クリスティーのことはご存じだろう。

もう亡くなって40年になるのに(1976年没)今でも世界中でその作品は愛読されていて、日本でもすべての作品が翻訳され、刊行されている。欧米ではよく「聖書とシェイクスピアの次に売れている」といわれるが、こと日本に関する限り、聖書もシェイクスピアも全然クリスティーには敵わない

そんなクリスティーの人気の理由は、いろいろあるのだが、映像の力によるところも大きいだろう。

まだ本人が健在だった1970年代くらいまで、クリスティーはミステリファンの間では人気があったものの、それほど抜群に売れる作家ではなかった。それが大きくブレイクし、ミステリ好き以外の読者にも読まれるようになったのは、なんといっても1974年に代表作のひとつ『オリエント急行の殺人』が映画化されてからだ。名匠シドニー・ルメットが監督し、豪華なオールスターの出演で完成した映画「オリエント急行殺人事件」は、大ヒットになり、つづいて「ナイル殺人事件」(原作は『ナイルに死す』)、「地中海殺人事件」(『白昼の悪魔』)などが次々と映画化され、「ミステリの女王」は一気に一般層へと知名度を広げたのだった。

クリスティー本人はイギリス人(でも父親はアメリカ人だって知ってます?)で、作品も英語で書かれているのだが、ほぼ世界中の言語に翻訳されているせいで、フランスをはじめけっこうあちこちの国でも映像化されている。

ではわが日本では?

もちろん、ありますよ。

前に「日本より愛をこめて」で書いたように、1985年に松竹で野村芳太郎監督が『ホロー荘の殺人』を原作に「危険な女たち」を撮ったのが、「和製クリスティー」の嚆矢。

公開当時は四大人気女優(大竹しのぶ、池上季実子、和由布子、藤真利子)の競演が話題になり、またエルキュール・ポアロにあたる探偵役には、これまた人気の名探偵・金田一耕助を当たり役にしていた石坂浩二を配するなど、「ミステリ映画の決定版」を作ろうという意欲が充満し、それなりにヒットした成功作になった。

だが、クリスティーの映画化には難関があった。一連の映画化のヒットで原作料が高騰していたのだ。そのためか、その後は日本での劇場用映画化は実現していない。

月日が流れ、世紀も変わった2004年、NHKが大胆不敵にもクリスティーの主要作品をTVアニメ化するという企画を実現し、風穴を開けた。

「アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル」という盛り込み過ぎな感もあるタイトルで、人気の名探偵2人を「共演」させたのだ。この2人の名探偵が共演した小説は、クリスティーの原作にはひとつもない。

そのため、ポアロの助手でマープルの甥の娘という少女を誕生させ、彼女をブリッジにして両者の世界を繋げるという、なかなかのアイデア。

ポアロの声を里見浩太朗、マープルの声を八千草薫が演じるなど、さすがはNHKで、『ABC殺人事件』『邪悪の家』『パディントン発4時50分』『スリーピング・マーダー』『雲をつかむ死』といった長編のほか短編作品を原作とし、全部で39話を放送した。

この時期に、クリスティーの権利元が日本のテレビに盛んに売りこみを掛けたとかで、2005年の年末には、初の日本製実写テレビドラマ化が実現する。

これもNHKで、「名探偵 赤富士鷹」が2夜連続で放送されたのだ。赤富士鷹(あかふじ・たかし)とはエルキュール・ポアロの日本版。昭和初期の日本に舞台を置き換えて『ABC殺人事件』と『ゴルフ場殺人事件』の2作品をドラマ化した。なかなかの出来ばえだと思ったが、けっきょく後が続かなかったのは、残念。

次いで2006年、日本テレビがミス・マープルものをドラマ化する。

「嘘をつく死体」(原作『パディントン発4時50分』)「大女優殺人事件」(『鏡は横にひび割れて』)そして「予告殺人」(原作同じ)の3本が2006年春から2007年春にかけて2時間ドラマ枠で放送された。ミス・マープルにあたるミステリ好きの老女探偵役に岸惠子、その助手に扮する はしのえみ がレギュラーで、毎回豪華なゲストを揃えたが、どうも2時間ドラマの安っぽいイメージから抜け出せず、あまり成功したものにはならなかったようだ。

そして昨年の正月に、今度はフジテレビが三谷幸喜の脚色で「オリエント急行殺人事件」を2夜連続で放送した。第1夜は原作通りに、第2夜はそれを犯人側から描くという、三谷幸喜らしい凝った構成。ポアロに相当する探偵役の野村萬斎をはじめ、これまた豪華出演陣で、お正月らしいにぎやかさのある作品にはなっていた。視聴率的に満足のいくものだったのかどうか、その後第2弾の企画もうわさされたが、さてどうなったか?

どうもこうして見ても、和製クリスティーには、あまり大成功なイメージがないようだ。

前にも書いたように、「事件→推理」で展開し、動きの少ない本格ミステリの映像化は、じつはけっこうむずかしい。なので、たとえば主役の探偵に印象の強いキャラクターを配するなどの手段が必要になるのだ。

クリスティー映画が成功するにも、こうした手段が必要。というより、それが上手くいった場合にのみ、映画は成功しヒットするのだ。つまり、映画でエルキュール・ポアロを演じたアルバート・フィニー、ピーター・ユスティノフ、あるいはTV版のデビッド・スーシェら、ある意味アクの強い役者の存在なくして、クリスティー映画の成功はありえないのだ。

そのポアロを、無理やり日本人に置き換えてみても、けっきょくは「うーむ」な出来栄えになってしまったわけだ(俳優としての演技力とかとは別のオハナシ)。こればかりは、いたしかたないだろうな。

原作を翻案して舞台を日本に置き換えるにしても、名探偵だけはエルキュール・ポアロのままにするとか、ダメかな?

さらに言えば、クリスティーの作品には、本格ミステリでない動きのあるもの(ホラーやスパイものまである)もある。無理にむずかしい本格ミステリにチャレンジせずとも、そうしたものを映像化すればいいんじゃないか?

いやいや、そもそも視覚的に変化のある舞台劇もあるじゃないか、そうしたものを狙ったほうがいいような気がするけど、いかがかな? 有名な『ねずみとり(マウストラップ)』とか『検察側の証人』とかね。

映画屋さん、テレビ屋さん、リサーチ不足だよ(笑)

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