史上最強の番付上昇
名古屋場所も中盤を過ぎました。横綱が不在になって、混戦気味の優勝争いですが、注目は新大関・栃ノ心の優勝なるかどうか?
新大関の優勝は意外とレアで、過去に8例しかありません。貴重な記録を残したのはこの面々。
鳳谷五郎(1913年1月場所)、栃木山守也(1917年5月場所)、双葉山定次(1937年1月場所)、千代の山雅信(1949年10月場所)、若羽黒朋明(1959年11月場所)、清國勝雄(1969年7月場所)、栃東大裕(2002年1月場所 13勝2敗)、そして白鵬翔(2006年5月場所)
8人中5人が横綱昇進を果たしているという、まことに縁起の良い現象であります。それ、頑張れ栃ノ心。
というのは、今回の本題ではありません。本欄は、さらにその先を見ています。【7月13日執筆】
と、ここまで用意したところで、飛びこんできたのは「栃ノ心休場」のニュース。5連勝で迎えた6日目の玉鷲戦で右足親指付け根を負傷し、7日目から途中休場となりました。いや残念残念。
これでレアかつ縁起の良い「新大関優勝」はほぼ消滅。完全消滅ではないけれど常識的に考えて難しいでしょうね(優勝ラインが下がれば再出場のタイミング次第では可能性あり)
さて、本欄が用意していた「さらにその先」とは何だったんしょうか。
それは「平幕から横綱までのスピード昇進」であります。
覚えてますか、今年(2018年)の初場所、初優勝を飾った栃ノ心の番付を?
初場所の栃ノ心は、西前頭の3枚目。そう、初優勝は「平幕優勝」でしたね。
その栃ノ心が、わずかその後2場所で大関の地位にのぼったのですが、これはかなりのスピード出世です。何しろ三役を2場所で通過してしまったんですから。
ではその新大関が横綱へ昇進するのに要する場所数は、最短でどのくらいなんでしょうか。
もちろん、横綱昇進の条件が「大関で2場所連続優勝またはそれに準ずる成績」であるのだから、最低2場所が必要なのは自明。
つまり最短記録の上限は「大関在位2場所」になります。
では、実際にどれをやってのけた力士がいたのでしょうか?
横綱昇進の状況が現在に近くなった昭和以降、じつは2例があるのです。
双葉山と照国です。
角聖・双葉山は昭和12年(1937年)春場所で大関昇進すると、その場所に全勝優勝。そして翌場所も全勝で制し、大関在位2場所で横綱に昇進しました。これ、かの69連勝の最中のことです。
いっぽうの照国は、昭和17年(1942年)春場所に新大関となり、その場所は12勝3敗。翌場所には13勝2敗で優勝同点(当時は優勝決定戦はなかった)とし、横綱昇進を果たしました。いまの目から見るとちょっと甘い昇進ですが、当時大関までの最年少昇進記録を更新してきた照国への期待と勢いが成させたことだったんでしょう。
新大関となった栃ノ心、新大関場所の序盤の好調ぶりを見たときには、大相撲史上たった2人しかいない、この「大関在位2場所で通過」を成し遂げる可能性ありと踏んだんですがねえ。
そして、もう一つ、大きな可能性がありました。
双葉山は1936年春場所に東前頭3枚目で9勝2敗の好成績を上げて関脇昇進。新関脇の場所で11戦全勝で初優勝を飾り、次いで大関2場所を連続全勝優勝で駆け抜けて横綱昇進。この間わずかに4場所!
照国は1940年春場所に東前頭2枚目で12勝3敗。次場所から関脇に昇進していますが、11勝4敗、12勝3敗、13勝2敗と大関盗りに3場所とやや時間がかかり、大関2場所で通過したものの、平幕→横綱昇進には計6場所を要しています。双葉山にはおよびませんが、それでも早い。
栃ノ心が仮に大関2場所通過での横綱昇進を果たしていれば、平幕→横綱に所要5場所での昇進と、双葉山にはおよばないものの、照国を抜いての快挙となったわけです。
これまでに大関在位3場所での横綱昇進をはたしたのは、北の湖、千代の富士、そして朝青龍の3人の大横綱。念のために、彼らの所要場所も見てみましょうか。
大関在位3場所での昇進だって、相当のスピード出世なわけですが、残念ながらいずれも平幕→大関のステップに4場所以上を要しており(北の湖、千代の富士は4場所、朝青龍は6場所)、大関在位3場所と合計で7場所以上と、横綱昇進スピード記録ではおよびませんね。
逆に、双葉山の69連勝を止めた安藝ノ海は、平幕→大関をわずか2場所で突破しているのですが、大関在位4場所と横綱昇進に手間取り(いやそれでも早いんですよ抜群に)計6場所を要しています。
栃ノ心が合計5場所で平幕→横綱の昇進をはたせば、いかに大変なことだったか、おわかりいただけましたか。
そして、さらにもう一つ。
もし仮に栃ノ心が名古屋場所で新大関優勝をつかみ、続く秋場所でも「優勝またはそれに準じる成績」を上げれば、めでたく横綱昇進。すると新横綱・栃ノ心のデビュー場所は、今年九州場所になったはずです。
つまりこれ、同じ年のうちに平幕から横綱まで一気に駆け登ったことになるわけですよね。
これは、さすがに凄い記録です。大相撲史上、誰も成し遂げていません。前記した「大関2場所」の先輩横綱2人でも、そこまでのジャンプアップはできていないのです
というのも、双葉山や照国の時代は、年間の本場所が2場所だけだったのです。
つまり、わずか4場所で横綱へステップアップした双葉山でも、新横綱場所は昭和13年(1938年)春場所。前記したように平幕最後の場所は1936年春場所ですから、年数では2年を要しています。
照国も平幕最後が1940年春場所で、新横綱は1943年(昭和18年)春場所ですから、所要5場所でも年数は3年かかっているのです。
栃ノ心の平幕優勝は今年初場所。もしも九州場所での横綱昇進ならば、平幕から横綱まで1年以内、それも一気に同一年内に駆け抜けるという途方もない記録になったのです。
かえすがえすも、痛恨の負傷休場でありました。ああ、惜しかったなぁ。
まあ、先に書いたように、まだ絶望ではありません。名古屋場所中日までの栃ノ心の成績は5勝2敗1休。10日目くらいから出場できれば11勝は可能ですから、優勝ラインがそこまで下がればチャンスはあるわけです。仮に優勝同点くらいに終わっても、次の秋場所の成績次第ではまだ九州場所での新横綱の可能性はゼロではないですね。
栃ノ心の驚異的回復を祈りましょう。
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【2018/7/20 追記】 願いもむなしく(?)栃ノ心の再出場はなりませんでした。焦らずじっくり治して秋場所に臨んでください。
