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史上最強の年間最多勝

おお、ついに稀勢の里が来たかっ

と思わせたのもつかの間、九州場所はけっきょく鶴竜の優勝で幕を閉じました。まあ相手が横綱だから仕方がない。

でも稀勢の里、今場所は3横綱連破で12勝と、「次」に十分期待を持たせる内容でありました。年が明けての初場所、期待しないで期待しましょう。

そんな稀勢の里が、大きな勲章をひとつ獲得しました。

はい、平成28年の年間最多勝を、稀勢の里が初獲得したのです。

6場所合計90番、稀勢の里はこれを69勝21敗。横綱陣がいずれも休場があったりして星が伸びず、そのおかげで年間最多勝の座が転がり込んできた、と言っては気の毒か。

年間最多勝は、毎年九州場所の千秋楽の土俵上で表彰が行なわれるのですが、じつは相撲協会の表彰ではなく、西日本新聞社の表彰。なので、年間最多勝をとったからと言って、番付の昇降にはいっさい関係なかったりするんです。

この制度が始まったのは、昭和32年(1957年) この年から九州場所が本場所となったのを機に制定されました。

第1回の受賞者は、横綱・栃錦。成績は59勝16敗。ただしこの年はまだ年5場所。現在と同じ年間6場所90番となったのは、この翌年に名古屋場所が本場所となってからで、その時の年間最多勝は横綱の初代・若乃花。

以来58回を数える年間最多勝をいちばん多く獲得したのは誰でしょうか。

意外でも何でもない、横綱・白鵬が9回獲得で断トツのトップ。しかも白鵬は、去年まで9年連続の年間最多勝。おお、今年獲得していれば10年連続だったのか、惜しかったな。

次いで7回の北の湖、6回の大鵬、5回が貴乃花(2代目)と朝青龍と、名だたる大横綱が名を連ねます。よく考えれば当たり前だよな。

ところが、残るもう一人の大横綱、優勝31回の千代の富士の名が、このランキングにはなかなか出てこない。

千代の富士の年間最多勝は、わずかに3回。師匠である北の富士(優勝10回)や輪島(優勝14回)と同ランクなのは、少々解せないですね。案外休場が多かったりしたせいかな。

考えてみれば、土俵の王者である横綱が年間最多勝を獲得するのは当然といえば当然なのですが、では今回の稀勢の里以外に横綱の地位にないにもかかわらず、年間最多勝を獲得した例が何回あるかというと、これが案外多くて8回あります。

1960年の大鵬、1968年の玉乃島、1972年の輪島、1984年の若嶋津、1988年の旭富士、1991年の霧島、1992年の貴花田、2002年の朝青龍。いずれもこのタイトルを獲得した年には、横綱に昇進していません。

とはいえ、ほとんどの場合、その直後に横綱昇進を決めたりしているので、稀勢の里もがんばれ。だが、残念ながら綱に届かなかった先輩が二人(若嶋津と霧島)いるんですが、まあ何事にも例外はあるもんですからね。

ここで注目したいのは、1992年の貴花田。もちろんのちの大横綱・貴乃花ですが、この年は初場所に平幕優勝、秋場所には小結で優勝したものの、九州場所までの番付では関脇どまり。大関にもなっていない力士が年間最多勝を獲得したのは、この例のみです。そしてこの年の勝敗60勝30敗は、年間最多勝史上最低のスコア。数字は最低ですが、逆にとてつもない金字塔ともいえるかな。

では逆にハイスコアはというと、2009年に白鵬が記録した86勝4敗。また白鵬かよ(笑)しかも白鵬はこの翌年も同スコアを記録しているのだから、さすがは記録王

ちなみに81勝で年間勝率が9割となるのですが、それ以上を記録したのは、白鵬(4回も!)のほかは、2005年の朝青龍(84勝)1978年の北の湖(82勝)1963年の大鵬(81勝) あと一息の80勝は、千代の富士と貴乃花も記録しています。

年間勝率9割超はこれだけなのだから、やはり白鵬がこの分野でも群を抜いているのは間違いないですね。

さて、稀勢の里に戻ると、今回は優勝なしでの年間最多勝だというのが盛んに言われています。たしかに、史上初の珍事ですから。

では、逆に多数の優勝での年間最多勝はというと、これはもう2005年の朝青龍につきます。6回優勝。まあこれ以上はないわな(笑)

繰り返しになりますが、過去に年間最多勝を獲得しながら横綱になれなかったのは、たったの二人だけ。逆にいえば、年間最多勝は最高峰への通行手形ともいえるのです。

稀勢の里関、今度こそ、ほんとに今度こそ、頼みますよ。

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