目標が残った

テニスの全米オープン男子シングルス決勝で、錦織圭が敗れた。

準優勝は凄いし、「日本人初のシングルスでファイナル進出」は讃えられるべきだが、やはり敗北は敗北。この時点で「おめでとう」的なメッセージは受けたくないだろう。

Jリーグでもっとも2位や準優勝を手にし、シルバーコレクターぶりを発揮している川崎フロンターレのサポーターとしては、そのへんのメンタルはたっぷり経験ずみなので(笑)、そんな際にオレが自分に言い聞かせるセリフを、錦織くんに伝授しよう。

「目標が残った」

古い相撲ファンならば、覚えているかも知れない名セリフだが、若い人は知らないだろうねえ(笑)

解説しよう。

昭和46年秋場所の七日目。横綱の玉の海に挑んだのは、人気沸騰の関脇・貴ノ花。今の貴乃花親方の父親だ。当時、大関昇進を目前にした貴ノ花の、玉の海越えなるかの大一番だった。オレ(当時中学生)もいつものように、テレビ桟敷で観戦していた。

新進気鋭の若手、日の出の勢いの貴ノ花は、すでに大横綱・大鵬を倒して引退へ追い込み、一方の雄である横綱・北の富士にも勝っていた。当時4人いた大関陣にも、むしろ分がいい相撲を取り続けていて、大関に勝っても番狂わせ感はあまりなくなっていたくらいだ。

だが、玉の海にだけは、勝てていなかった。ここまで6回対戦して、未勝利。貴ノ花にとって、最後の壁となる存在が、横綱・玉の海だったのだ。この壁を越えれば、大関昇進に手が届く。そんなムードもあり、今場所こそはの機運も高まっていた。

勇躍、玉の海に挑んだ貴ノ花は、素晴らしい立ち合いからズバリと両差し、しかも横綱に両上手を与えないという、これ以上ない絶好の体勢を作った。場内は湧き上がり、誰もが「やった!」と思った。オレもテレビの前で思わず腰を浮かせたものだ。

そのまま一気に土俵際へ。

さすがの横綱も、ついに落城寸前に追い詰められたかに見えた。その時、玉の海は両上手から抱え込むと、そのまま一気に貴ノ花の体を吊り上げたのだ。角界で言う「腹に乗せる」というやつだ。横綱が思い切りよく右に振ると、貴乃花は土俵下へうっちゃられていった。

まさに大魚を逸するとはこのこと。その瞬間の大歓声は、テレビ越しにでも充分に伝わってきた。この時の興奮と衝撃は、40年以上たった今でもよく覚えている。

翌日の新聞に出た取り組み後のインタビューで、貴ノ花が発した言葉が取り上げられていた。

「目標が残った」

しびれる一言だ。

そう、目標というのは、達成した途端に色褪せる。自分の目も、まわりの目も、次の目標に向いてしまうからだ。

大魚を逸した貴ノ花にとっては無念の一番だったが、しかし同時に、偉大なる目標であった「玉の海」が依然として高みにあったことは、一種の喜びだったのかも知れない。その思いが、この一言に凝縮されている。

スポーツ史上に残る名セリフだと思う。

ただ、ご存知のように、この言葉は、すぐに悲劇へと転じてしまった。

この場所後、横綱・玉の海、急逝。

若き横綱の死によって、貴ノ花の「目標」は、ついに越えられないままの「永遠の目標」となったのだった。

錦織圭にも、川崎フロンターレにも、そんな「永遠の目標」は残さないでもらいたいものだ。


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