史上最強の新弟子
今年(2022年)の夏場所の初日、いささか珍しいことがあった。
先の春場所の新弟子検査で合格した34人の新弟子の出世披露が、夏場所初日の土俵で行なわれたのだ(1人が休場)
ここで大相撲の入門プロセスをさっくりと説明しておこう。
各部屋ごとに入門した力士のタマゴたちは、まずは新弟子検査を受ける。メディカルチェックだ。現在の規程では、中学卒業以上で年齢23歳未満、体格検査で身長167cm以上、体重67kg以上、そして健康診断で問題がなければ、正式に相撲協会の所属として認められ、晴れて力士となることができる。
新弟子検査は、通常は本場所初日の数日前におこなわれるが、合格者はまだ番付には記載されない。彼らは「前相撲」を取ることになる。
前相撲は、通常は場所の3日目(春場所は新弟子の人数が多いので2日目からのこともある)から、番付最下位である序ノ口の取組の前、午前8時ごろからおこなわれる。正式の取組ではないので、その勝敗は、通常は通算勝ち星や連勝記録などの生涯記録には含まれない。
前相撲で2勝すると勝ち抜けとなり、翌場所の番付に記載されることになる。これを出世と呼ぶ。かつては1勝しなければ出世できない規定があったが、入門希望者が減少した現在は緩和されている。
通常は本場所の中日(8日目)までに出世力士が決まり(現在はほぼ全員)、中日の三段目あたりの取組を中断して、土俵に上がっての出世披露がおこなわれる。師匠や兄弟子の化粧回しを借りて締め、ずらりと土俵上に並んで紹介される、あれである。NHKの相撲中継では必ず録画で紹介されるので、ご覧になった人も多いだろう(なおアマチュアでの実績が一定の基準を超えたものは、新弟子検査以外の上記のプロセスを飛ばして付け出しとしてその場所から正式の取組を取ることになる)
通常中日におこなわれるのは一番出世と呼ばれ、新弟子の人数が多いときはここに間に合わなかった連中は二番出世となって後日、別に披露される。かつて新弟子数が多かったころは三番出世まであった時期もある。
というのが通常のシステムなので、夏場所の初日に新弟子の出世披露があったのは、まことに異例な出来事だったのだ。こいつら、いつ前相撲を取ったんだよ?
これもまたコロナ禍の影響なのだ。春場所の新弟子は人数が多く、また学生の卒業式などがあって故郷に帰省したりするケースが多いため、感染拡大につながりやすい。そのため、2022年の春場所の前相撲は中止され、新弟子検査合格者は全員が前相撲を取らずに出世を認められたための措置だったのだ。
したがって、35人いる2022年春場所入門組は全員が前相撲未経験ということになる。夏場所序ノ口の番付は、届け出順で上位を決めたという。まるで選挙の立候補者みたい。
ちなみに、夏場所入門の7人はきちんと上記のプロセスを踏んでいる。
さて、その出世披露を見るたびにつらつら考えるのが、このなかから、将来に横綱や大関になるものがいるか、何人くらいが関取に出世するんだろうといったこと。
大相撲は実力本位のシビアな世界なので、全員が関取になって土俵人生をハッピーエンドで終えるなんてことはありえない。多くのものは番付上位の壁に阻まれ、またあるものはケガや病気、またさまざまな理由で、志し半ばで力士生活から離れるのである。
では、どれくらいのものが関取に、さらに幕内、三役、横綱・大関になるのか、その確率はどのくらいなのだろう。
と思って調べたが、どうもそんな統計資料はないようだ。探せばあるのかもしれんが、ネット上では見当たらなかった。
では、調べてやろうというのが今回のお題(前置き長いよ)
場所ごとの新弟子数と、そこから関取以上に昇進したものがどれくらいいるのかをチェックしてみた。
制度の違いなどが面倒くさいので、現在と同じ年6場所制となった1958年(昭和33年)からあとの新弟子を調べた。じつに面倒くさい作業だったが。
結論からいこう。
1958年からの64年間(385場所)で入門した新弟子の総数は8183人。
そのうち関取に昇進したのは、661人である。
関取昇進率は、約8.1%ということになる。
思ったよりも厳しい数字だろうか。
もちろん、この数字にはここ数年入門したばかりの新弟子も含まれているのだから、これからも現役を続けるはずの彼らが関取に昇進すれば、もうちょっと増えていくはず。
年単位で見ると、1年間の新弟子のなかからのちに関取に昇進する者の数は、おおむね10人前後といったところ。現在の幕下以下の力士たちから今後5年間で50人の関取が誕生するとすれば、関取昇進率は、9%近くにはなるだろう。
それでも10人に1人以下なのだ。
先の夏場所初日に出世披露を受けた35人のうちで、関取にまで昇進できるのは、3人か4人かということになる。残りの連中は、関取昇進という夢を果たせずに角界を去ることになる。関取に昇進できなければ、年寄名跡を取得して親方になることもできないのだ(もちろん頑張れば若者頭とか世話人とかいったポストもあるし、部屋のマネージャーなどになって角界に残る例もあるが)
さらにこれが幕内昇進となると、当然ながらさらに厳しい。
十両と幕内の違いって、じつはけっこう大きい。もちろんNHKの地上波に乗るかどうかとか、給料が違うとかもあるが、なんといっても幕内に上がらなければ、優勝も三賞も手にできない。
そればかりか引退後も違う。前記したように引退後に相撲協会に残るには資格が必要だが、そのためには十両在籍通算30場所が必要とされる。これが幕内だと20場所でいいのだ(ちなみに三役に上がれば1場所でクリアとなる)
1958年以降で関取昇進を果たした661人のうち247人は、晴れ舞台である幕内への昇進を果たせずに終わっている。つまり幕内以上昇進者は414人だから、昇進率は5%に下降するのだ。
先の春場所の新弟子35人のうちからだと、計算上1.75人、つまり一人かせいぜい2人が幕内力士になれれば上出来ということになる。
三役以上となるともっと厳しい(当たり前か)
最高位が前頭、つまり三役昇進できなかったのは、414人の幕内昇進者のうち228人にのぼる。三役昇進者は186人だけ。せっかく幕内に上がっても、その半数以上は平幕どまりなのだ。
最高位が小結なのは64人、関脇なのは68人、より上位の関脇のほうが多いのはちょっと意外だが、しかし三役まで昇進できるのは合計132人で昇進率はおよそ1.6%。春場所新弟子の35人からだと0.56人と、コンマ以下の世界になってしまう。
さらに大関以上となると、昇進者は54人で昇進率は0.6%。ついに昇進率もコンマ以下になる。100人に1人以下なのだ。
評判の良くない現・大関陣、御嶽海、貴景勝、正代も、こうして見ると偉大なものだ。まさに100人に1人の逸材。
もう想像がつくだろうが、横綱はもっとスゴイ。
今回の統計の対象とした1958年以降に入門した横綱は、51代横綱・玉の海から73代横綱の照ノ富士までの22人(52代の北の富士はそれ以前の入門) 昇進率はわずか0.2%になる。500人に1人だけ。
大相撲の番付とは、かくも厳しいものなのだ。
じつはこれを調べていて気になったことがある。
すでに各所で指摘されているが、新弟子入門者数が減少しているのだ。
ここ10年の数字を見ると、2011年が56人で、以降は、73人→87人→74人→88人→91人→73人→70人→71人→61人。2022年はこの3場所までで合計50人だが、年の後半は新弟子数は減るので今年もこのレベルだろう。
2005年まで、多少の増減はあったものの、年間の新弟子数は100人以上だった。2006年の87人以降、もう15年以上、一度も100人ラインを超えていないのだ。
もちろん、数だけ多ければいいというものではないし、入門者が多ければ必ず横綱大関が誕生するというほど単純でもない。
だが、やはり数多くのさまざまな新弟子が集ってこそ、競い合い、切磋琢磨が生まれるものだろう。多いに越したことはないのだ。
いまのところ新弟子のスカウトは、各親方に任されているが、それも限界があるだろう。相撲協会全体として、有力な新弟子を獲得する方法を考えてもいいのではなかろうか。
