おーす、金星!
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先月は北陸新幹線開業のおかげで、金沢をあつかったテレビ番組がやたらに多かった。大学生のころ(1980年くらい)、父親が金沢勤務で赴任していたために夏や正月の休みに向こうで暮らしたこともあるので、金沢には若干の地元意識みたいなものがある。積雪はイヤだが。
ああ、もう35年も前になるのか。当時の地元出身者の有名どころといえば、政治家としてのし上がってきていた大臣になる前の森喜朗、現役バリバリで横綱を張っていた輪島大士、星稜高校のエースからドラゴンズのエースになった小松辰雄あたりだったか。そういえば夏の甲子園、箕島高校対星稜高校の伝説の延長18回のときも金沢にいたっけ(1979年8月16日)。比喩ではなく、ほんとに街角から人が消えていたな、あの時は。
そんなふうに回想しているうちに、またまた妙なものを思い出した。
それよりもちょっと前に、大相撲専門誌である「相撲」に連載していた「おーす、金星!」という小説のことだ。大相撲に入門した少年が、一人前の力士として成長してゆく姿を描いた青春小説だった。その主人公の少年の出身地が、金沢だったのだ。細かいところは忘れたが、だいたいこんな話。
中学生の少年タカオが相撲部屋に入門することになる。金沢の親元を離れ、遠く東京の相撲部屋に暮らすことになり、当然ホームシックにも悩むが、親方の娘で同い年のしのぶに憧れ、頑張る気になる。「桜王」の四股名をもらったタカオは、おっかない兄弟子の岩石、同期の国吉らと切磋琢磨しながら、だんだんと力士生活に慣れ、またしのぶとの距離も接近し、一人前の相撲取りとして成長していく。
まえに同じく「相撲」に連載した「大相撲最後の日」を紹介したが、著者はそれと同じ能見正比古氏。ひょっとすると彼の小説処女作かもしれない。連載開始は昭和47年4月号(春場所総決算号)で、昭和48年12月号(九州場所総決算号)まで21回にわたって連載されている。
けっこう細かいところまでよく描かれた作品で、この小説のおかげで、まだ相撲初心者だった私は、いろいろと力士生活のことを覚えたもんだ。相撲教習所、部屋での生活、ちゃんこ番、地方場所での宿舎、場所の打ち上げ、後援者との付き合い、地方巡業のようす、などなど。今ほど情報量も多くなかった時代ゆえ、「へえ」や「なるほど」の連続だった。
そんな中で、いくつか印象に残ったシーンがある。
親方の娘しのぶに惚れたタカオは、退屈な相撲教習所の授業中にぼんやりとノートにしのぶの名前を落書き。ハッと我に返ってあわてて鉛筆で塗りつぶそうとするが鉛筆が折れ、そこへ教官が声を掛けてきて絶体絶命。(今どきの若者とはえらく違うでしょ)
相撲部屋の旧態依然の管理体質に異を唱える革命精神あふれる兄弟子(ただし相撲は強くない)が、部屋の改革運動を画策して親方に改善要求を突きつけようとする騒動。(ここは泣かせどころだった)
ホームシックで体調を崩したタカオが、九州場所で地元の後援者にウナギをごちそうになり、あっと言う間に元気を取り戻すエピソード。(ほかにも食べ物に関する話は多かった)
不器用なはずのタカオが、なぜかちゃんこ番では才能を発揮し、ことに魚を三枚におろす見事な技能を見せるシーン。(このシーンで私は「三隣亡」という言葉を覚えました)
いずれも、等身大(と言ってもデカいのだが)の若い力士たちの姿がみずみずしく描かれていて、力士というよりも青少年の群像として鮮やかにとらえられている。
なかでも、九州場所終盤に、実家からタカオ宛てに「ハハキトク」の電報が舞い込み、夜行列車で急ぎ帰省するエピソードは、なかなか読ませた。「電報が来て」「夜汽車で帰る」というあたりに時代を感じるな。この騒動も最後は脱力するようなオチがつくのだが、当時は福岡から金沢まではタイヘンな移動だったんだよな。
そして最終回、いろいろあって気力を失っていたタカオは巡業先で、偶然行きあった郷土の大先輩であり横綱である輪島に山稽古をつけてもらい、ふたたび相撲に打ち込んでゆくことになる。横綱・輪島に転がされつづけるタカオの耳に、遠くで謳われる甚句が聞こえてくる。「おーす、ごっつぁん金星だ/おーす、金星、おれを呼ぶ」
前にも紹介したように、著者の能見正比古氏はその後「血液型人間学」で一世を風靡するのだが、この「おーす、金星!」は書籍となることもなく、埋もれてしまったようだ。ちょっとだけだが、惜しい気がするなぁ。
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