秒殺って、何秒以内のことを言うんだろう?
先日行なわれた新日本プロレス「NEW JAPAN CUP 2015」トーナメントの1回戦で矢野通が棚橋弘至を2分47秒・横入り式エビ固めで丸め込んで勝利しました。結果が番狂わせであっただけでなく、わずか167秒という試合時間でも大きなインパクトを残しましたね。さらにその後の2回戦では、逆に飯伏幸太に2分44秒とさらに短かいタイムで敗戦したので、今年のトーナメント序盤は矢野選手が一人勝ち状態だった(?)
こうした短時間で決着がつく試合を「秒殺」と称します。
この「秒殺」という用語が世間に定着したのは、たぶん1993年のパンクラス旗揚げ戦からと記憶しています。第2次UWFから分岐し、ハイブリットレスリングを標榜してさらに先鋭化したパンクラスのスタイルは、同時期の全日本プロレスのいわゆる四天王プロレスで長時間試合に酔いしれていた我々プロレスファンにはショッキングなものでした。30分超もしばしば、そして60分フルタイム(それも動きっぱなしで)までも闘い続ける四天王プロレスとは対極にあるような、それでいて強烈なサスペンスを孕んでいたパンクラスのスタイルのおかげで、一気に「秒殺」という用語が定着したのです。
私の覚えている限りでは、強烈なインパクトのあった「秒殺」が2試合あります。
ひとつは古く、1981年の全日本「チャンピオン・カーニバル」公式戦。ブルーザー・ブロディがウェイン・ファリスをわずか16秒で下した試合。テレビ中継で見ました。いきなりチェーンで一撃を喰わせたブロディが、キングコングニードロップ一発でピンフォール勝ち。今でも試合展開のほとんどを覚えているくらいだから、そのインパクトは強烈でした。外人エースにのし上がっていたブロディと初来日で期待度ゼロだったファリスの試合がなぜテレビ中継のある大会に組まれたのかが疑問だったのですが、このインパクトを期待してもモノだったのでしょうね。
皮肉なのは、その後「秒殺」された方のウェイン・ファリスが、全米侵攻を掲げたWWF(当時)入りし、プレスリーのソックリさんギミックでホンキートンクマンと名乗り、大ブレイクしたこと。アメリカでは孤高の存在で終わったブロディよりも、ホンキートンクマンとして抜群の知名度を持ったファリスのほうが、けっきょくプロレス人生では成功したということなんだろうな、たぶん。
もうひとつは、同じく「チャンピオン・カーニバル」の2000年大会。この年はトーナメント形式で行なわれたのですが、その1回戦で大森隆男が秋山準を7秒で破った試合。これもテレビで見たっけ。ゴング前に「秒殺」を狙った秋山が先に仕掛け、呼応した大森が必殺のアックスボンバーを乱れ打って逆に7秒でねじ伏せました。当時、同期のライバルでありながらポジション的に秋山に大差をつけられていた感のあった大森が、この一戦で一気に失地を回復し、最終的には決勝まで進出したその勢いを得た一戦。
その後ともにプロレリング・ノアへ移籍しながらも道を異にし、紆余曲折を経て今は古巣の全日本プロレスでコンビを組んでいるという、二人の長いプロレス人生における、非常に大きな1ページでした。
この2試合にくらべると、今年の矢野がらみの2試合は、少々時間がかかり過ぎか。やはりプロレスでの「秒殺」は、せめて60秒以内くらいで仕留めていただきたいものだ。
ちなみにサッカーでも、私の印象に残っている「秒殺」がある。いや試合そのものは前後半合計90分をちゃんとやってるんですが。
それは2008年9月27日に国立競技場で行なわれたJリーグ第27節、柏レイソル対川崎フロンターレの一戦。レイソルのホームゲームとして行なわれたこの日の試合は、レイソルの大スポンサーの記念試合「日立デー」として開催され、レイソル的には大いに盛り上げておりました。試合前の始球式には日立グループの会長さんがご来場になり、ピッチサイドからセンターへボールを蹴り込むというセレモニーまであって、いよいよ試合開始。
そしてその数十秒後、あろうことかフロンターレのフォワード・鄭大世(チョン・テセ)が豪快にゴールネットを揺らしてしまったのです。公式記録は0分。まさに「秒殺」。始球式を終えた会長さんが席にお戻りになる前に先制点が決まっちまったのだから、「日立デー」ぶち壊し。勢いに乗ったフロンターレは容赦なく5得点を奪い、われわれアウェー側のフロンターレ・サポーターも、大いに溜飲を下げたようなわけでした。レイソルさん、日立さん、すみませんでしたねぇ、空気読めなくて(笑)
まあほぼ全試合が「秒殺」である大相撲はともかく、野球でのプレイボールホームランとかも含めて、かくも強烈なインパクトを残すのが「秒殺」というやつですね。狙ってやれることではないですが、やれれば痛快そのもので、大いに株は上がります。やられる方は、たまったもんではないでしょうが(笑)
