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ジャッキー・チェンと勝負する(45)

ディアゴスティーニ社の「ジャッキー・チェンDVDコレクション」の刊行順に従って作品を語っているこの欄だが、じつを言うと、この原稿を書いている時点で「DVDコレクション」は、すでに51巻までが発売されている。いつの間にかちょっと差が開いたかな。

で、当然ながら今回の作品以降のラインナップもわかっているのだが、うーん、ここから先はちょっとツラいぞ。

というのも、この先はしばらく、ジャッキー・チェンの最初期作品が並んでいるのだ。「スネーキーモンキー」以前のヤツ。言うまでもなく、古いカンフー映画がズラリ。もうちょっと考えてほしかったな(笑)

さて今回は「必殺鉄指拳」

はい、先の「醒拳」と同様、限りなく怪しく、かつ謎の多い作品です。

製作クレジットは1978年。香港での公開はきちんと記録されていないそうだが、1979年に公開されたという記述もある。つまり「スネーキーモンキー」のヒット以降ということになる。台湾では公開されたらしいが、日本では劇場未公開。

ただ1978年ごろに撮影されたわけではなさそうなことは、作品を見ればわかる。明らかにジャッキーが若いのだ。

スキモノには知られているように、このカラクリは、「醒拳」と同様。

この「必殺鉄指拳」は、1970年代早々に、ジャッキー・チェンが初主演した映画の改訂版、いや「改造版」なのだ。

もともとのタイトルは「広東小老虎」ちなみにこのころのジャッキーはまだ「ジャッキー・チェン」でも「成龍」でもなく、「陳元龍」だった。

ジャッキー自身の述懐によれば、この作品はかなりいいかげんな製作で、途中で会社がつぶれたりしてけっきょくボツになったとのこと。だが、なぜだかビデオは発売されており、日本では「燃えよジャッキー拳」あるいは「タイガー・プロジェクト」というタイトルで出ていた。

そのボツ映画を手にしていた会社が、「スネーキーモンキー」のヒットでジャッキー人気がブレイクしたのを見て、この旧作に「スネーキーモンキー」や「ドランクモンキー」「クレージーモンキー」などの主要キャストであったユエン・シャオティン(師匠役)やディーン・セキ(兄弟子役)を担ぎ出して追加撮影して付け足し、さらに足りない部分にはジャッキーのそっくりさんを起用するなどして強引に別作品に仕立て上げたわけだ。なかには「ドランクモンキー」のものと思しき流用シーンすらある。

まあそんなわけで、きちんとしたジャッキー映画でもないのだが、それでも後年のジャッキーを連想させるアクションは見られるし、何よりも当時まだ10代だったはずのジャッキーの活きのいい姿を拝めるというのは貴重。

貴重ではあるのだが、じゃあ映画としてどうかというと、いかにもかったるい

この時代のカンフー映画ではおなじみの、ヒネリのない復讐ものなのだが、あとから付け足したシーンとのバランスも悪く、映画が始まっても肝心のジャッキーがなかなか出てこない。このへんは構成の問題。すでにできていた映画をあとから無理やりつくりかえたんだから、無理もないんだが。

だがそれ以上に、カンフーの動きそのものが「遅い」のだ。

これはジャッキーだけではなく、全体にそうなのだから、当時の香港カンフー映画界の標準的なテンポがこうだったのだろう。なにしろ今から半世紀近く前の映画なのだから仕方ないといえば仕方ない。

そしてここから、やはりブルース・リーという存在がまったく別格だったことが、逆説的によくわかる。

そして後になって、カンフー映画のアクションが、加速度的にテンポアップしていったことの証拠でもある。もちろんその原動力のひとつになったのが、ジャッキー本人であることは言うまでもない。

この映画のもとになった「広東小老虎」がボツになったあと、失意の若きジャッキーは映画の道をあきらめて香港を去り、いったんオーストラリアへと移住することになる。

なので、この時期のジャッキーの姿をしっかり見ることができる唯一の主演映画として、この映画がお蔵入りのまま「幻」にならなかったのは幸運だったといえよう。映画屋さんの「商魂」も、時には役に立つということだ。

もっともそうした「考古学的価値」の他に、あんまり存在意義はない映画なのかもしれんが。

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