大相撲戦国場所
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夏場所が終わった。
途中で何度か「けっきょくは白鵬」になりかかったが、横綱の不調もあって優勝ラインがズルズルと下がり、最後の最後にはもつれた優勝争いになった。照ノ富士、初優勝おめでとう。平成生まれの優勝第1号だ。
ニュースなどでさかんに「千秋楽を迎えて8人が優勝の可能性を残しているのは、昭和47年1月場所以来」と報じられていた。うん、あの戦国場所か。たしかにあの時はすごい騒ぎだったな。当時、私もまだ中学生だった。異常なまでにいろいろなことがあった場所だったよ。懐かしいね。
前年の秋場所後に横綱・玉の海が急逝し、一人横綱2場所目の北の富士が大不調に陥ったのが混戦の原因。初日に横綱対大関の取り組みが組まれたり、学生横綱出身の輪島が初金星を上げたり、中日には北の富士対貴ノ花の「突き手か、かばい手か」の大物言いがあったりと、途中さまざまな波乱やドラマを起こしながら迎えた千秋楽。
今回と大きく違ったのは、場所前に優勝の本命に挙げられていた横綱が、途中休場ですでにいなかったこと。本命なき混戦のトップに立っていたのは3人の4敗組。大関・琴桜と、平幕の栃東、福の花の両ベテラン。追う5敗組は5人。前日の琴桜との決戦に負けて一歩後退した大関・清国と、関脇の長谷川、あとは平幕で輪島、吉王山、若二瀬。今回と同じく4敗同士、5敗同士の取組がなく、4敗の3人が負け、5敗の5人が勝てば、空前絶後の8人のトーナメントになる可能性があったのだ。
また千秋楽の展開が絶妙で、筋書きがあるかのように、5敗組が勝って、4敗組に重圧がのしかかる。5敗組が次々と勝ち名乗りを上げる中、まずは福の花が負け、次いで結び前に優勝最右翼だった大関・琴桜がガチガチに緊張して負け。結びの一番は4敗の平幕・栃東が5敗の大関・清国との対戦だったので、琴桜が負けた時点ですでに決定戦ムード。相撲雑誌によれば、琴桜敗戦と同時に支度部屋で待機していた5敗組は締め込みを締めはじめて決定戦の準備をしていたという。
興奮のるつぼと化した結びの大一番。しかし、冷静だったワザ師・栃東は絶妙の出し投げで大関を破り、見事に平幕優勝を遂げた。翌日の新聞の見出し「戦国城主は栃東」ってのをよく覚えている。
優勝した栃東は、この優勝で箔をつけたのか、引退後は独立して玉ノ井部屋を興した。そこで自らの息子を二代目・栃東に育て上げ、その元大関・栃東(現在の玉ノ井親方)こそが、いまのところ日本出身力士として最後の優勝力士なんだから(平成18年初場所)、大相撲の歴史の綾は面白い。
あれ以来40年以上にわたって大相撲を見てきたが、あれほど興奮した優勝争いにはついにお目にかかっていない。この夏場所の千秋楽があそこまでヒートしなかったのは、横綱・白鵬と関脇・照ノ富士という優勝争いの本命・対抗がトップに立っていたせいだろう。私も「けっきょくは白鵬」と予想していた、ハズしたけど。
ただ、白鵬時代が大きく揺らぎ、戦国時代がやって来る予感はしている。
おもえば、昭和47年初場所後は戦国時代に突入し、あの年は6場所全部の優勝者が違った。関脇二人(長谷川と輪島)平幕二人(栃東と高見山)が初優勝を遂げたのだ。
そして、その戦国乱世の中から、翌年の昭和48年夏場所後に輪島が横綱に昇進して、新時代の幕を開けた。さらに、この昭和47年初場所に当時の最年少記録で新入幕を果たした(大きく負け越していったんは十両へ後退したが)北の湖が、翌々年の初場所で初優勝を遂げると、あっという間に名古屋場所後には横綱へ昇進し、大横綱へと踏み出してゆく。輪湖時代が始まったのだ。
こうしてみると、昭和47年初場所の戦国場所は、新時代への先触れだった。さて、今回の乱世場所、初優勝を手にした照ノ富士ははたして、平成の輪島なのか北の湖なのか、あるいはさらなる新星が現われるのか、はたまた大横綱の単なる不調の結果でまだまだ白鵬時代が続くのか。
さあ、次なる名古屋場所に、注目しよう。
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