新東京プロレス〔闘魂編〕
息子が入学した高校が横浜市の鶴見にあるので、これまで行ったこともなかった鶴見の町に、足を運ぶようになった。人生には、こうしためぐり合わせというのが、時々ある。
で、ああ鶴見といえばと思い出したのが、プロレス漫画の金字塔である「1・2の三四郎」 1978年から1983年にかけて「少年マガジン」に連載された小林まことの連載デビュー作である。当時、大学生で学生プロレスもやっていた私は熱心に読んでいたが、べつにその際に鶴見の地を訪ねようとは欠片も思わなかった。
ご存知のように、連載開始時は学園漫画で、天竜学園なる私立高校を舞台に、格闘部なる部活に励む少年・東三四郎とその仲間たちが繰り広げる熱血ドタバタ騒動を描いた。第1部がラグビー、第2部が柔道で、その後高校を卒業した三四郎が、本物のプロレスラーを志すところからが第3部。
まあラグビー編、柔道編でも、プロレスネタは満載で、たしか柔道編にはアントニオ猪木も「出演」していた。なので第3部がプロレス編になるのは、いよいよといった雰囲気で、連載当時は盛り上がったもんだ。
そのプロレス編で、三四郎が入門する悪役レスラー・桜五郎の本拠地が、ほかならぬ鶴見の地なのだった。といっても、いまから30年以上の作品なので、いまの鶴見ではその面影を探すのも難しそうだが。
プロレス漫画といえば、われわれの世代には、なんといっても「タイガーマスク」があり、さらに「プロレススーパースター列伝」があったわけだが、梶原一騎・原作のこれらの作品では、舞台となるプロレス界は、現実のプロレスを「借用」するのが常だった。ま、「プロレススーパースター列伝」などはドキュメンタリー実録コミックだったしね。
ところが、この「1・2の三四郎」では、舞台となるのは架空のプロレス界。連載開始当時のプロレス界は、新日本プロレスと全日本プロレスの2団体時代(国際プロレスが崩壊した後くらい)だったので、リアルなプロレス界を描くのは、団体やテレビ局との関係が面倒くさかったんだろうか。
その団体を「新東京プロレス」という。
ちなみに連載の終了後、現実のプロレス界にも「新東京プロレス」なる団体が旗揚げした(すぐ潰れたが) まあネーミングそのものは、そう斬新なものではない。
架空とはいっても、明らかにモデルは、アントニオ猪木が率いる、当時人気ナンバーワンの新日本プロレスだった。
ちなみに、熱血プロレス漫画では、こうした架空団体のモデルになるのは圧倒的に新日本が多く、ライバルのジャイアント馬場の全日本プロレスがモデルに(あるいは舞台に)なるのは、どちらかといえばコミカルなギャグ漫画系だった(「愛しのボッチャー」とかね) このへんは当時の両団体の関係性を具現しているようで、プロレス史的には興味深い。
で、その新東京プロレスは、三四郎が属するひまわり軍団(桜五郎が経営する保育園の名前から取っている。このへんはギャグ漫画っぽい)とリングで敵対するので、所属のレスラーたちは敵役っぽくなる。
この新東京プロレス、TWWAなる国際組織と提携しているらしいメジャー団体(TWWAのモデルはNWAかと思うが、アメリカ、ヨーロッパ、メキシコにも支部があるので当時の現実の海外プロレスでもなかった規模だ)
作中にとくにオポジションの存在は語られないので、作品世界での新東プロはモノポリーだったころの日本プロレス的な存在ということなのか。
とはいえ、前記のアントニオ猪木をはじめ、タイガーマスクやアンドレ・ザ・ジャイアント、スタン・ハンセンら現実世界のレスラーへの言及やギャグも多いので、そのへんの世界観は微妙なバランスだった。
新東プロにはたいへんな数の所属レスラーがいるようで、その全貌ははかり知れない(実際にはちゃんと描かれるレスラーは少ないが) ストーリー上重要な主要レスラーだけでも紹介してみようか。
塚原 巧 社長でエースでシングルチャンピオンという、あきらかにアントニオ猪木ライクな正統派レスラー。そのわりにファイトシーンはほとんど描かれない。桜五郎とは幼なじみで鶴見の出身らしいが、そのへんも猪木っぽい。
ケン・ヒタチ なぜカタカナ名なのかは不明だが、塚原に次ぐ新東プロ第2の男。塚原をサポートしながらも、秘かにその首を狙っているらしい。乱闘状態になった若手を一喝で鎮めるなど、実戦派のムードを漂わせている。藤波辰巳をモデルにしているといわれることもあるが、連載当時の藤波はまだジュニアヘビー級。彼が猪木に刃向かう飛龍革命は、連載終了の5年後だ。なので、このヒタチのモデルは、坂口征二と見るのが妥当だろう。ちなみにやっぱりファイトシーンはナシ。
荒井鉄人 新東プロの鬼軍曹。三四郎たちが受ける新人テスト(三四郎はテスト前に桜五郎に鞍替え)の試験官であり、テレビ解説者であり、実力派の中堅レスラーでもあり、ケンカに強いらしく、そしてスキンヘッド。もう明らかにモデルは山本小鉄。
田中 敬三 中堅の実力者で、この先輩に勝てば海外修行(当時はほとんどアメリカ)に行けることから、人呼んで「アメリカの壁」 相当の実力者らしく、三四郎にやられた試合では観客席のファンが仰天する。大番狂わせだったのだ。のちに新東プロ崩壊後、自らの名を冠した団体「田中プロレス」を興していることから、なんとなく藤原喜明を思わせるが、時期的には微妙。連載当時の藤原組長はまだそれほど脚光を浴びていなかった。組長がテロリストとして表舞台に出るのは、連載終了後だ。
五頭 信 アマレスのチャンピオンから転身し、デビュー前からアイドル的人気を得ていたが、三四郎との乱闘で鼻の骨を折られて以来人気急落。なので、以後連載中はずっと三四郎を恨んでいて、最大の敵役でライバルとなる。が、直接の対決は2戦だけ(でも直接対戦数は多いほう) ずっとのちには三四郎の盟友となる。アマレス出身なので長州力あたりが意識されていたのかも知れないが、これまた微妙に時期がずれる。第一、長州はそれほど二枚目キャラではなかったし。むしろ時期的には1980年に新日プロに入団し、1981年に国内デビューした谷津嘉章かもしれないが、やっぱりアイドルや二枚目キャラじゃないしなぁ(失敬)
玉木 守 新東プロの若手だが、作品中では重要な存在。東三四郎は(続編も含めて)レスラー人生ではデビュー戦の6人タッグ戦でピンフォール負けを喫した以外、一度のフォール負けも許していないのだが、そのフォールを奪ったのが、この朴訥な怪力青年・玉木である。つまり三四郎が生涯唯一負けた相手なのだが、そのわりには以後活躍せずフェイドアウトしてしまう。
柳 正紀 柔道編から因縁が続く、三四郎の宿命のライバル。柔道の県大会決勝で三四郎に敗れ、その実力を悟った柳は、三四郎を追い、柔道エリートの道を捨てて一介の新弟子として新東プロに入門する。が、前述したように三四郎は桜五郎のもとに行ってしまうので、スカされてしまった。その後、人工歯を入れて噛みつきを得意とするラフファイターに変じ、さらには「腕取り逆回って体落とし風投げ」という柔道時代の必殺技を「柳スペシャル」として三四郎の前に立ちはだかる(が、対戦は一度しか描かれない) ちなみにこの「柳スペシャル」は、のちに佐々木健介が「逆一本背負い」として使っていた。
ほかに三四郎や仲間たちと対戦した新東プロのレスラーには、原 定次、火浦 省三、谷 春彦、保坂 健二らがいる。原は中堅の実力者、火浦はダーティワークを駆使する悪知恵派のレスラーだが、いずれも一敗地にまみれ、以後は登場しない。逆にこれといった見せ場もなく「噛ませ犬」に終わる谷と保坂は、なぜか続編にも登場している。地味なのに。
小林まことの筆の進みは遅く(今でもそうらしい)連載は長かったが、実際に描かれる試合数は極端に少ない。そのうえ後半では若手タッグトーナメントが開催され、TWWA本部から派遣される外人レスラーとの対戦があったりするので、じつは新東プロのレスラーたちは、作中ではこの程度の登場シーンしかなかったのが、ちょっともったいない。三四郎たちは5週間のシリーズにフル参戦しているのだから、名前と顔だけしか出てこないレスラーとの対戦も、もっともっとあったはずなのに。
「1・2の三四郎」は三四郎たちが新東プロに入団して合流するところで連載を終える。若手の層がぶ厚くなった新東京プロの発展は約束されたようなものという終わり方だった。
ところが、その後10余年を経て、いったん引退していた三四郎が多団体時代に復活する続編「1・2の三四郎2」が開始されると、その冒頭で新東京プロの解散が告げられる。なんでもエースで社長の塚原の脱税が発覚して崩壊したとか。おかげでプロレス団体が乱立する多団体時代が到来するのだが、このへんはちょっと現実のプロレス史とは違うね。この多団体時代を戦うプロレスラー群像も、なかなか魅力的である。
その後、落ちぶれた三四郎たちが私立探偵に転身しているスピンオフ「格闘探偵団」が書かれていて、そこにもなかなか個性的なキャラクターが登場しているのだが、それはまたの機会に。
それにしても、三四郎たちのその後は、どうなったんだろうか?
「格闘探偵団」のラストでは、三四郎が再びリングに上がることを示唆して終わっている。
小林先生、そろそろ「1・2の三四郎3」、どうですか?
