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ジャッキー・チェンと勝負する(1)

ディアゴスティーニが「ジャッキー・チェンDVDコレクション」の第1巻に「プロジェクトA」を選んだことには、まったく異論なし。

今日に至るまで多くの作品を送り出してきたジャッキーの、ブレイクスルーであり、代表作であるのは間違いない。

ジャッキー映画の真骨頂ってなんだろう?

それは「痛さ」だと思う。

ジャッキーのアクションは、痛い。

「プロジェクトA」のかの有名な落下シーンもそうだ。

あの高さから落ちれば痛いに決まっているが、その痛みが見る側にストレートに伝わってくる。

特別なことはしていない。

見てみるとわかるが、要するにただストンと落ちるだけなのだ。

それを数台のカメラで淡々と撮影する。

編集も大してしない。

余計なカット割りもスローモーションもなしで、ストンと落ちるだけ。

 変な味付けがない分、痛みが想像しやすい。 これこそが、ジャッキーならではだ。

自転車チェイスや乱闘シーンでも、とにかく痛そうだ。

ついつい、顔をしかめたくなる。

これより以前のカンフーアクションでも、やたらに椅子の上とか、階段の角とか、尖ったものの上に倒れたり落ちたりするのが多かったが、これこそジャッキーの真骨頂。

天竜源一郎のプロレスが「痛みの伝わるプロレス」なら、ジャッキー映画は「痛みの伝わるアクション」だ。

そのかわり、ジャッキーは怪我を免れない。

「プロジェクトA」でも大怪我をしたと伝えられているし、その後も怪我のニュースはしばしば。

身を削ってアクション映画を作り続けた男、ジャッキー・チェン。

尊敬に値するじゃないか。

ジャッキー・チェンと勝負する 目次


【2022/8/18】 延々と続けている、この「ジャッキー・チェンと勝負する」も、過去作はほぼ網羅しつくし、もはや新作を残すばかり。その新作もなかなか日本公開されなかったりして、正直いってこのところジャッキー欠乏症気味なので、ひさしぶりに第1回で取り上げた「プロジェクトA」を観てみた。本稿を書いて以来だから8年以上ぶりか。

この8年間でけっこう濃密にジャッキー映画を観てきた眼であらためて観なおしてみても、意外と古くなっていない。考えてみたら「プロジェクトA」が香港で公開されたのは1983年12月、日本公開はそのすぐ後の1984年2月だから、もう40年も前の映画なのだが、それでもその年月をあまり感じさせないのは大したものだと思う。ま、舞台が過去(20世紀初期)に設定された、いわば時代劇のせいもあるんだろうが。

そのかわりに、初めてみた40年前に感じた「ジャッキー映画が変わった」という感覚は、もはやまったく感じられなかった。

日本初公開当時、それよりも以前に観ていたジャッキー映画は、当然ながらそのほとんどがカンフー映画だった(アメリカで撮った「バトル・クリーク・ブロー」などを除けば) だから当時は、水上警察による海賊退治というストーリーですら、画期的に感じられたものだ。

8年前に再見したときには、それでも「ああこれがジャッキー映画の転換点だったんだよな」と思ったものだが、今回はその感覚すらなかった。

というのも、本欄でずっと観てきたように、ジャッキー・チェンには、数多くの転換点があったからだ。従来の伝統的なカンフー映画からコミカルカンフーへの転換や、自らの肉体を痛めるアクションから大規模な破壊アクションへの転換、香港を舞台にしたストーリーから世界を舞台にスケールアップしたワールドムービーへの転換、あるいは若者や弟子、後輩といったキャラクターから脱却して重厚な役も演じ始める転換、さらには近年のCGの取入れなどなど。もちろん、香港映画からアメリカ映画、さらには中国映画への転換も。

で、半世紀にもおよぶ時間の流れの中に点在していたそれらの転換点を、ぎゅっと圧縮して観たのが、この8年間だったわけで、そうしたなかではこの「プロジェクトA」は、もはやさほど大きな転換点ではなく感じられたのだ。

同じ映画を観ても、感じ方はそのたびに違うものだな。

ジャッキー映画に限らずの話だが、これが同じ映画を何度も見る楽しみのひとつだと思うのだが、いかがだろうか。

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ついでにいえば、今回はディアゴスティーニのDVDではなく、amazonプライムの配信版(日本語吹き替え)で見たのだが、ちょっとバージョンが違う気がした。ラストって、あんなのだっけ?(いや単なる記憶違いかもしれんが)

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