見出し画像

史上最強の同時昇進

新番付も発表され、夏場所が近づいてきました。長らく続いていた出稽古制限もどうやら解除されつつあるようで、先場所まで以上の熱戦を期待したいですね。

場所の焦点は、やはり一人横綱・照ノ富士とカド番大関・貴景勝の動向でしょう。縁起でもないことをあえて言うと、2人の成績次第では次の名古屋場所は「横綱も大関もいない」超異常番付になりかねないですからね。そんな事態は絶対回避したいところです。

そこで期待されるのが、新大関の誕生。新横綱はさすがに無理でしょうからね。

次期大関争いは昨年から白熱。急速に大関の人数が減ってきているのが背景にありますが、それ以上に力のある大関候補が上位に並んでいますから、期待しましょう。

先頭に立つのは、新番付で4人が並んだ関脇陣。その筆頭は、先場所優勝の霧馬山でしょう。次いで優勝同点だった大栄翔。大関昇進の目安は直近3場所の合計が33勝なんていいますが、霧馬山は初場所11勝+春場所12勝の合計23勝。大栄翔は10勝+12勝の合計22勝。夏場所で霧馬山は10勝、大栄翔は11勝すれば33勝に届きます。2人揃ってこれをクリアすれば、一気に2人の新大関が誕生するかもしれません。

さらに、2場所合計18勝ではあるが8場所連続勝ち越し中の豊昇龍、新関脇に昇進した合計20勝の若元春が続きます。番付こそ小結ですが、合計17勝の琴ノ若あたりだってノーチャンスではありません。14勝以上の優勝でもすれば一気にってことも考えられます。

ダブル昇進どころか、史上初の大関トリプル昇進の可能性もありますね。

近年では非常にレア感のある大関同時昇進を期待したいです。

ところで、その大関同時昇進って、そんなにめずらしいことなんでしょうか? 過去に大関同時昇進はどのくらいあったんでしょう? さっそく調べてみました。

江戸時代や明治時代はあまりにも制度が違うので除外して、昭和以降に限ってみました。それまでは別々だった東京相撲と大阪相撲が合流して現在の形態に近づいた東西合併が昭和2年ですから、ちょうどいいですよね。

昭和以降の96年間で、大関同時昇進があったのは8回だけ。この間に、昭和2年(1927年)初場所昇進の能代潟から令和4年(2022年)春場所昇進の御嶽海まで、じつに91人もの大関が誕生しているのに、8回だけ。やはりかなりレアな出来事です。

昭和以降で最初の大関同時昇進があったのは、昭和12年(1937年)1月場所。昇進したのは、双葉山と鏡岩。そう、のちの大横綱、角聖とまで呼ばれたあの双葉山が初の同時昇進コンビの一角だったのです。

その4年後、昭和16年(1941年)1月場所に同時昇進したのが、双葉山の69連勝をストップしたことで名を馳せた安藝ノ海と五ツ嶋の同部屋(出羽ノ海)コンビ。ここまでが戦前。

戦後になって、前回から10年後の昭和26年(1951年)5月場所の吉葉山と鏡里。次いで5年後の昭和31年(1956年)1月場所の松登と若ノ花(初代)。さらに6年経って昭和37年(1962年)7月場所の栃ノ海と栃光。この2人も春日野部屋の同部屋コンビでした。

それからまた10年が経った昭和47年(1972年)11月場所の輪島と貴ノ花(初代) この2人が昇進したときの盛り上がりは凄かった。それから5年後の昭和52年(1977年)3月場所は魁傑と若三杉(のちの2代目・若乃花)。魁傑は大関再昇進で、再昇進が絡んだ同時昇進はこのときだけ。

それから17年が過ぎ、今のところ最後の大関同時昇進が、平成6年(1994年)3月場所の貴ノ浪と武蔵丸

どうでしょう、多少の長短はあるものの、大関同時昇進はいずれも5年から10年、せいぜい15年ほどの間隔で発生しています。そう、ここまではそんなにレアな椿事ではなかったのです。

ところが、最後の大関同時昇進となった貴ノ浪、武蔵丸コンビの昇進からもう29年もの月日が過ぎているのです。同時昇進のレア感は、平成以降に生じたものなんですね。そろそろ同時昇進を見たくなってくるわけです。

そしてお気づきでしょうか、これまでの大関同時昇進コンビからは、もれなく横綱が誕生しているのです。吉葉山鏡里は二人とも横綱になっている唯一の例ですが、残りの7例でも片方が必ず横綱昇進を果たしています。

双葉山と鏡岩は双葉山、安藝ノ海と五ツ嶋は安藝ノ海、松登と若ノ花は若ノ花、栃ノ海と栃光は栃ノ海、輪島と貴ノ花は輪島、魁傑と若三杉は若三杉、貴ノ浪と武蔵丸は武蔵丸が、それぞれ横綱となっています。

これは縁起がいいですね。夏場所後に誰か2人以上が大関に昇進すれば、もう新横綱誕生は保証されたようなものなのです。看板力士の確保は相撲界の急務ですからね。わかりましたか、審判部のみなさん(笑)

ついでに、横綱同時昇進も調べてみました。こちらの方がよりレアなのは言うまでもありません。大関昇進の「3場所合計33勝」は同時進行も可能ですが、横綱昇進の「2場所連続優勝またはそれに準じる」は、同時に生じることはないですからね。

そこでモノを言うのが「それに準じる」です。これがあるので、レアではあるけど横綱同時昇進はちゃんとあります。

でも、同じく昭和以降で見ると、たったの3例です。大関の半分以下。

まず、戦前の昭和18年(1943年)1月場所の安藝ノ海と照國、次いで昭和36年(1961年)11月場所の柏戸と大鵬、そして昭和45年(1970年)3月場所 の玉の海と北の富士。以上。

なんと平成以降はまったくなし。最後の横綱同時昇進から、もう53年が過ぎています。まったくレアですね。

まだ煩い横綱審議委員会もなく「2場所連続優勝またはそれに準じる」もなかった戦前の安藝ノ海と照國はともかく(ちなみに2人とも優勝はなしで昇進。この前後は横綱・双葉山が4場所連続優勝中だし、年間2場所制下ですから仕方ないか)、柏鵬の場合は大鵬が連続優勝で柏戸は優勝同点での昇進、北玉は直前3場所を玉ノ海(玉乃島)、北の富士、北の富士(玉乃島と同点)の順で優勝して同時昇進。「それに準じる」が存分に活用されています。

最近はここの適用が厳しいようなので、いまの情勢だと、横綱同時昇進は当分見られそうもないですね。

では、横綱と大関の同時昇進はどうでしょう?

こちらも昭和以降で8回。大関同時昇進と同じ発生数というのは偶然。

上記した大関同時昇進のうち双葉山と鏡岩が昇進した昭和12年1月場所には、男女ノ川も横綱になっています。おお、トリプル昇進だ。

同じような形で、安藝ノ海と照國が横綱同時昇進した昭和18年1月場所では名寄岩が大関に昇進していて、こちらもトリプル昇進になっています。

トリプル昇進、ちゃんとあるんですね。

残る横綱大関同時昇進の6例は、昭和17年(1942年)1月場所で羽黒山が横綱、 照國が大関に昇進、昭和24年(1949年)1月場所に東富士が横綱、増位山が大関に昇進。

この間、12年間で4回も発生しています。そうレアでもないです。

ところがこの後は37年間横綱大関同時昇進はなく、大きく離れて昭和61年(1986年)9月場所に横綱・双羽黒と大関・北勝海が同時昇進して発生すると、翌年の昭和62年(1987年)5月場所の横綱・北勝海と大関・小錦、同じ年の11月場所の横綱・大乃国と大関・旭富士。そして平成5年(1993年)3月場所の横綱・と大関・貴ノ花(2代目)と、7年間で4回の集中発生。

どうも横綱大関同時昇進は、固め打ちが決まりのようです。そして、最後の同時昇進から時は流れて、もう30年。そろそろ新たなる同時昇進の発生時期になりそうですね。

こうしてみると、同時昇進が発生するのは、大きく時代が動いていくとき。土俵の覇者が交替するその時期に、同時昇進が起きるようです。白鵬時代が終わって未だ次なる覇者が定まらない今こそ、覇者を生む同時昇進というハデな話題を見てみたいものです。

夏場所の展開、そして場所後の動きは、要注目ですね。

大相撲/丸いジャングル 目次

スポーツ雑記帳 目次


いいなと思ったら応援しよう!