神田ぶらり(26) 川のない橋・東行編4
竜閑川東半分の旅もいよいよ大詰めです。
次に現われるのは、人形町通り。昭和通りほどではありませんが、けっこう交通量のある大通りです。
この地点に、かつて架かっていたのが「九道橋」。「くどうばし」と読むらしいです。べつに道はひとつだけなのに、なぜ「九道」なんでしょうか?
ご覧のとおり、「九道橋」の地点はビルの谷間。大きいビルが並んでいるのに、このへんのビルのオーナーさんは、橋に関する記念碑などは作ってくれていないようです。今川橋跡の周辺の皆さんのようには、「九道橋」を愛していないんですかね。

文句を言う筋合いでもないか(笑)
交通量の多い人形町通りを用心深く渡って、さらに進みましょう。前回ご紹介した地蔵橋公園にあった資料表示板によれば、次にあるのは「甚兵衛橋」のはず。
これまた名前の由来が気になる橋ですが、残念ながら、何の痕跡もなし。甚兵衛は人名でしょうが、いったい誰なのか? その甚兵衛氏が、橋を架けたのか?
道筋から推定すると、この交差点に架かっていたようなんですが……角にあるカレー屋さんが、スパイシーな香りを漂わせているばかり。

けっきょく、甚兵衛氏が何者なのか、不明のままです。いや、いかにもインド風に見えるこのカレー屋が、甚兵衛氏の子孫なのかも(笑)
「甚兵衛橋」をこえると、いよいよ最後の橋があって、竜閑川の跡を追う旅も、終点です。
つづきはこちら→ 神田ぶらり(27) 川のない橋・東行編5
