神田ぶらり(34)まぼろしの池

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ものの本によると、昔、神田東松下町あたりには大きな池があったとか。

なんでも、往時は上野の不忍池よりも大きく、岸には桜が植えられていて花見の名所だったそうです。そのため「桜が池」と呼ばれて、花見客が大勢やって来る名所だったんですって。

そのころ池のほとりにあった茶屋にお玉という名の一人の娘がいました。この娘が年頃になったころ、二人の男性と恋仲になり、板挟みになったあげく、池に身を投げて自殺におよんだそうな。

以来この池は、その娘の名にちなんで、「お玉が池」と呼ばれるようになりましたとさ。

はて? 神田にはいろいろなものがありますが、大きな池はないはず。

じつはこの池、江戸の町の発達とともに徐々に埋立てられ、1845年ころの時点ですでになくなっていたそうです。なるほど、竜閑川ができるよりも前に消えていたんですね。道理で跡形もないわけだ。

と思ったら、けっこういろいろな痕跡を残しているようです。第一、名前がきっちり言い伝えられているわけですし。

「お玉が池」の痕跡でいちばん有名なのがこれでしょう。

はい、「お玉神社」さんですね。正式には「お玉稲荷神社」といいます。町の隅っこに、ちんまりと鎮座しています。

広かったはずの池の跡地のうちから、どうしてこんなビルの谷間にわざわざ、とか思いますが、まあ、こんなものが立っているのでは認めるしかないですね。

なんでもこの神社さんの社の裏側には、往時の池の名残をわずかに感じさせる小さな湧水があるというんですが、すいません、訪ねた時はもう暗かったので、全然わかりませんでした。たぶん小さな水たまりのようなものがあるだけなんでしょうが。

この池の名前の由来とか考えると、さすがに暗いなかを、社の裏側まで覗きに潜りこむのはちょっと怖いですしね(笑)

かわりに、ご近所でこんなものを見つけました。やはり「お玉が池」の名前は、あちこちに残っているみたいです。

この銭湯のお湯につかったら玉のお肌になれるとかいうことはないようです(笑)

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