横綱を育てる横綱
引退した白鵬は年寄・間垣を襲名し、ゆくゆくは宮城野部屋を継承して弟子の育成にあたるという。あれほどの力量を見せた横綱のこと、自らを上回るような大大横綱を育ててくれるに違いない。期待したい。
と、いいたいところだが、世の中はそう甘くない。野球の世界などでよく「名選手必ずしも名監督たり得ず」みたいなことをいう。いや新庄さんのことではないですよ(日ハム監督就任おめでとう)
もちろん例外もあるだろうが、相撲の世界も同じなのかどうか、過去の優勝20回以上の大横綱たちの、引退後の指導者(師匠)としての実績を調べてみた。
毎度書いていることだが、優勝20回超は大鵬、北の湖、千代の富士、貴乃花、朝青龍、白鵬の6人のみ。白鵬以外の5人の引退後を、時代を追って見てみよう。
優勝32回の大鵬(第48代横綱)は、1971年5月場所中に引退して一代年寄・大鵬となり、大鵬部屋を興した。創設直後は現役時代の人気を反映してか多くの弟子が集まり50名以上の大部屋になった時期もあったが、本人が体調を崩したこともあり、その後は衰退した。
けっきょく関脇に昇進した巨砲以外は役力士を育てられないまま、大鵬の定年を機に2004年に娘婿の貴闘力(力士としては大鵬部屋所属ではない)に部屋を譲り、大嶽部屋となった。その後いろいろあったが、大鵬没後、孫にあたる王鵬ら納谷3兄弟が大相撲入りしている。
1974年7月場所後に第55代横綱に昇進した北の湖(優勝24回)も、1985年1月場所に引退後は一代年寄として自らの北の湖部屋を創設。2015年11月に死去するまでに、1991年11月場所新十両の太晨をはじめ14人もの関取を育てたが、最高位は臥牙丸の小結。ただし臥牙丸は木瀬部屋入門で、師匠の不祥事で一時部屋が閉鎖され北の湖部屋預かりの時期の昇進だった。
北の湖は師匠としての弟子育成よりも、相撲協会理事長としての実績・功績のほうが大きく印象も強い。いろいろあったが、2度にわたって理事長をつとめたものはほかにいない。
2015年11月の北の湖の没後、部屋は元幕内の巌雄が継承し、山響部屋となって現在にいたる。
優勝31回の第58代横綱・千代の富士は1991年5月場所に引退。一代年寄を辞退して年寄・陣幕を襲名し、1992年4月には師匠の元横綱・北の富士と名跡交換して九重部屋を継承した。その後いろいろあったが、大関・千代大海をはじめ多くの関取育て、現役には千代鳳、千代大龍、千代の国、千代翔馬、千代丸、千代ノ皇、千代の海、千代嵐がいる。師匠としてなかなの手腕だが、残念ながら横綱は育てられなかった。
2016年7月に千代の富士(九重)が死去後は、佐ノ山親方となっていた千代大海が九重部屋を継承している。
優勝22回の平成の大横綱・貴乃花(第65代)についてはまだ記憶も新しい。2003年1月場所中に引退し、一代年寄・貴乃花となり、父である元大関・貴ノ花の二子山部屋の部屋付き親方となったが、2004年(平成16年)2月に部屋を継承して貴乃花部屋へと名称変更した。
師匠としては、4人の関取を育てているが、その後いろいろあって(今回はこればっかりだな)2018年10月に師匠自らが相撲協会を退職して貴乃花部屋は消滅。所属の力士らは千賀ノ浦部屋へ移籍した。現役大関の貴景勝を育てたが(部屋消滅時は小結。大関昇進は移籍後)そのほかの関取昇進者が貴ノ岩、貴源治、貴公俊……師匠としての手腕には疑問が残る。
優勝25回の第68代横綱・朝青龍については言うまでもないだろう。大横綱ではあるが、現役引退後に協会を離れたので、師匠としてはゼロ。
ご覧のとおり、名だたる大横綱たちの誰一人として横綱育成には成功していない。大関を育て上げたのも千代の富士、貴乃花のみである。
なので、白鵬改め間垣親方の将来は悲観的にも思えるが、現役時代にほとんどの記録を打ち破ってきた白鵬のこと、親方としてもこの常識を打ち破ってくれるに違いない。期待してますよ。
ついでに優勝10回以上の横綱たちの師匠ぶりも調べてみた。
優勝14回の輪島、11回の曙の両名はさっさと相撲協会から離れたため、師匠としてはほとんど実績なし。両者ともむしろプロレスラーとして名を成してはいる。
師匠として現役の武蔵丸(優勝12回・武蔵川親方)は、まだまだこれからに期待したい。
角聖・双葉山(年2場所制下で優勝12回)は双葉山道場→時津風部屋で横綱の鏡里、大関の大内山、北葉山、豊山を育て、相撲協会理事長としても多くの実績を残した。さすがである。
同じく年2場所制下で優勝10回の常ノ花は出羽海部屋の7代目として名門を継承し(1949年1月)、1960年11月に没するまで多くの横綱、大関を輩出したが、自らは理事長として協会運営に尽力したため弟子の育成は部屋付き親方たちが担っていたという。
栃若時代として黄金時代を築いた栃錦と若乃花(ともに優勝10回)も、両者とも協会理事長をつとめた。師匠としては、栃錦が春日野部屋で先代師匠から引き継いだ栃ノ海を横綱に、同じく栃光を大関に育てたにとどまったのに対し、若乃花は二子山部屋を興し、二代目・若乃花、隆の里の両横綱や大関の貴ノ花(実弟)、若嶋津ら19人の関取(うち役力士11人)を育成した。師匠の手腕としては若に軍配といって差しつかえないだろう。
現在はNHKの相撲解説者である北の富士(優勝10回)は引退後は自らの部屋を興していたが先代師匠の死去に伴い九重部屋と合併して継承、大横綱・千代の富士と北勝海(現・八角理事長)の2横綱を育てている。なにげに名師匠なのだよ。
大相撲の師匠と弟子の関係は、継承だ転籍だといろいろあって一筋縄ではいかないが、イメージでいうと、優勝20回以上の大横綱の師匠は、大鵬が佐賀の花(元大関)の二所ノ関、北の湖が増位山(初代、元大関)の三保ヶ関、千代の富士が千代の山(元横綱)と北の富士の九重、貴乃花が実父でもある貴ノ花(元大関)、朝青龍が朝潮(元大関)の高砂、白鵬が竹葉山(元幕内)の宮城野、とこうなる。
ということで、大横綱を育てるには、元大関くらいで優勝回数は10回前後が望ましいと、こういうことになるわけだが、もちろん信じてはいけないですよ(笑)
