虎が消えた日
私が会場でライブでプロレスを観戦するようになって、もう40年以上。なので、プロレス史に残るような「事件」の現場も少なからず、この目で目撃してきた。
こればかりは、その日その場所にいなければ目撃できず、体感することも出来なかったわけで、まあ貴重な経験だったと思う。
たとえば、1990年5月14日に東京体育館で開催された全日本プロレススーパーパワーシリーズ開幕戦での、あの「事件」
現場となった東京体育館は、古くからプロレスが開催されてきた会場だったが、改装されてのいわゆるこけら落とし興行がこの大会だった。
当日のカードはこうだ。

いま見ると、ずいぶん懐かしい名前がならんでいる。そりゃそうだ、もう28年も前なのだから。
この前年まで、全日本プロレスのリング上は、ジャンボ鶴田&谷津嘉章の「五輪コンビ」を擁する「正規軍」、天龍源一郎やサムスン冬木&川田利明の「フットルース」らの「天龍同盟」、さらにはタイガーマスク(2代目)が若手陣を率いる「決起軍」の3陣営がシノギを削っていた。
だが、この前月に当時の全日本の主役のひとりだった天龍が退団し、メガネスーパーが主宰する新団体への参加が発表されていた。これを機に天龍同盟は解散。決起軍もこの前年には解散状態となっていた。
さらにスタン・ハンセン(このシリーズは不参加)をエースとする外人組でも、この年に新日本プロレスから転じてきたスティーブ・ウィリアムズとテリー・ゴディが合体した「殺人魚雷コンビ」が台頭し、戦国状態になりつつあった。
こうした状況を受けて、この時期にはこれまでのカード編成がかなりシャッフルされていた印象がある。この大会もそうだった。
そのうえ、もう一方の新日本プロレスからも退団→新団体移籍が相次いでいため、全日本からも天龍に追随する者が出るだろうと推測されていたのだ。
まだインターネットもSNSもなかった頃だけに、ファンも情報不足。誰が移籍するのか、誰が残留するのか、そういった疑心暗鬼の空気が会場に流れていた。
そんなさなかのシリーズ開幕戦だったわけで、おかげでこの大会には、どことなく不穏な空気が漂っていた。
じっさい、この時点で複数のレスラーの退団が決まっていたともいう。けっきょくシリーズ後、全日本プロレスからは7名の選手が離脱した。

色をつけたレスラーが離脱組。
プロレスは対戦選手同士の、互いの信頼の上に成り立つもの。
だから、こんな空気の中で行なわれた試合は、必然的にぎくしゃくしたものになり、何か異様な雰囲気だったのをよく覚えている。
ついでにいうと、この大会、わが家は夫婦で観戦したのだが、じつはその前日に食べたもののせいで(賞味期限切れのカルピスだったかな)、当日は夫婦そろって非常な腹痛を起こしていた。たしか仕事も休んだはずだ。それでも何かを予感したのだろう。腹具合をなだめすかして、東京体育館へ赴いていたのだ。
そして、その「事件」は、第6試合で起きた。
カードはタッグマッチ。天龍離脱前までは天龍同盟で共闘し、「フットルース」を結成していた冬木と川田が対峙し、さらには別々の軍団だった谷津とタイガーマスクがそれぞれのパートナーになるという組み合わせ。それまでのリング上の流れを完全にリセットしようという総帥・ジャイアント馬場の意向が働いたカードだったのだろう。
それまではタッグチームとしてコスチュームもそろえ、アジアタッグ王座にも君臨していた冬木と川田が、異なるスタイルで互いに反対コーナーに立つ風景に違和感を抱いたものだが、さらなる驚きが待っていた。
試合の最中に、いきなりタイガーマスクが、自らのマスクの紐をほどき始めたのだ。
後日に録画放送されたテレビ中継でも、解説席に座っていたグレート・カブキが思わず「何やってんだ、オイ!」と素に近い声で叫んだくらい、不意打ちの行動だった。
当然われわれ観客にも完全な不意打ちだった。一瞬、完全に言葉を失ったものだ。
ただ、タイガーマスク的には予定していたアクションだったのだろう。すぐにパートナーの川田がマスクを脱ぐのに手を貸していたことからも、それがわかる。馬場も了解していたのか。
タイガーマスクの「正体」が三沢光晴であることは、当時すでに周知の事実だった。いやそもそもデビュー時からバレバレだったし。
それは、彼がマスクを脱ぎ捨てた瞬間に、いっせいに場内から「三沢コール」が湧きおこったことからも明らかだった。
この瞬間、6年にわたって全日本プロレスに躍動していたタイガーマスクは消滅し、三沢光晴が新エースへの道を歩み始めたのだ。
まさに歴史的瞬間だった。
あまりの衝撃に、試合のその後の展開や結果はほとんど記憶にない。
この後のメインでは、団体を覆った疑心を払拭すべく、久しぶりにメインのリングに立ったジャイアント馬場が、台頭してきた「殺人魚雷コンビ」の前にピンフォール負けを喫するという、これまた予想外の「事件」が起き、けっきょく大会は微妙な空気のまま終了した。
その空気は晴れずに、シリーズ終了後には前記のレスラーたちの退団が次々と明らかになり、全日本プロレスは初めての大量離脱に直面したのだった。
激震に見舞われた全日本プロレスだったが、その後の流れはご存知の通り。三沢は、この日のパートナーだった川田らとともに若手を集めて「超世代軍」を結成、完全無欠のエースとして君臨するジャンボ鶴田に挑み、リングに大きな熱を起こして、やがて全日本プロレスの90年代を「四天王時代」という黄金期へといざなっていったのだ。
全日本プロレスのみならず、日本のプロレス史の大きな転換点になった大会だった。
それにしても、いまから28年前のことだから無理もないが、レスラーたちの顔ぶれの変化は大変なものだ。
これだけのメンバーの中で、現在も全日本プロレスのリングに上がっているのは、渕正信ただ一人だけなのだ。
当日カードを組まれた面々のその後も見てみよう。

青色になっているのが、現在のところ引退状態のレスラーたちだ。とはいえ、プロレスラーの引退は不明瞭なので、たまにリングに戻ってきたりもするが。
そして枠で囲ったのは、すでに故人となったレスラーたちだ。
メインのタッグマッチを戦った4人が、すでに全員この世にいないのは、けっこうこたえるものがある。そんな中で当日の第1試合を戦っていた百田光雄(この時点でもすでにベテランだった)が、いまでも元気で活躍しているのも、その後も全日本ひとすじで現役の渕と同様、心強いものがある。
つくづく歳月の流れを感じさせられるね。
