ヒコーキこわい!
いまは亡き私の伯父は、生涯を通じて(たぶん)一度も飛行機に乗ったことがなかった。一度その話題になったときに言い放ったのが、
「あんな文鎮みたいなモノが空を飛ぶわけがないだろう」
私立文科系の私は、なんとなく、この名言に同感したもんだ。
私自身は飛行機にはけっこう乗っているのだが、じゃあなんであんな重たいものが飛ぶんだ、と難詰めされたら、たぶんキチンとは答えられない。世の中の大部分の人も同じだろう。
まあ、べつに正確な科学知識が万人に必要なわけではないし、世の中リクツはわからないけど使いこなしてるものなんかたくさんあるんだから、かまわないといえばかまわないわけだ。
でも、この「文鎮みたいなモノが空を飛ぶ」という不条理さを、たいていの人間は心の奥底に抱えているのではないか。
などということを考えついたのは、ひさしぶりで「フライングハイ」なんて映画を見たからだ。
ご存じ(かな?)ザッカー兄弟とジム・エイブラハムズのZAZトリオが「フライングコップ」「裸の銃を持つ男」に先だって放った、パロディ満載の底抜けコメディ。脳ミソというより脊髄あたりに訴えかけるギャグばかりなんだが、冒頭のJAWSパロディは、いっしょに見ていた息子に大ウケだった。
今でもけっこう笑えるこの「フライングハイ」だが、じつはストーリーの根本はけっこうシリアスな航空パニックものだ。
ざっくりしたあらすじを記すと、機内食の食中毒で乗客に多数の患者が出る中、同じものを食べた操縦クルーが全員昏倒。乗客のなかにいた元戦闘機パイロットが、決死の覚悟で操縦し、危険な着陸を試みる。
これだけ見たら、ごく普通の航空パニックものだね。
こんなふうな「飛行機が危ない目にあう」航空パニックものが、今でもたくさん作られるのは、「文鎮みたいなモノが空を飛ぶ」不条理さが、人類共通の心理であることの証拠ではないのか。違うか。
そんな航空パニック映画の元祖はなんだろう。
1954年製作でジョン・ウェインが主演した「紅の翼」あたりなのかな。
じつはちゃんと見ていないんだが、たしか旅客機が飛行中にエンジン火災が起きる話だったと思う。
その後、大ヒット作となった「エアポート」シリーズをはじめとする航空パニック映画が大量に作られるわけだが、ではそこでどんなことが起きたかというと、こんな具合。
悪天候に遭遇する 飛行中にエンジンが火を噴く 致命的な故障が連発する 機体に穴があく ハイジャックされる 小型機と激突する 不時着水で海に沈む ミサイルが向かってくる 高山に不時着する いろいろな事情で着陸できなくなる 爆弾を仕掛けられる 不時着してワニに喰われる UFOと遭遇する 宇宙空間に飛び出してしまう 空飛ぶ怪獣に襲われる 機内にテロリストが出る 機内に毒蛇が出る 機内に幽霊が出る 異次元に迷い込む……
うーん、飛行機に乗りたくなくなってくるな。もちろん「乗客乗員ごと消えてしまう」というシャレにならないものもある。
いやしかし、さすがにこれだけ出ると、出尽くした感もある。最初の作品が「紅の翼」だとすれば、すでに60年以上が過ぎていて、その間に、ブームの時代も含めて、連綿と航空パニック映画が作られ続けているのだから無理もないが。いったい何本の航空パニック映画が作られ、何機の航空機が犠牲になった(あるいはなりかけた)ことだろうか。
「500円映画劇場」でも触れたことがあるが、航空パニック映画は案外安く作れるようだ。そりゃあ「エアポート」シリーズのような豪華キャストにこだわらなければ、飛行機の機内のセットだけでほぼ撮影できるし、機外のショットは今ならCGで安上がりに作れる。恐竜をリアルに動かそうなんてのにくらべたら、飛行機飛ばしたり落としたり嵐に突っ込ませるなんてのは、CGでは楽チンなほうだろう。
しかし、パターンが出尽くしたことで、航空パニック映画というジャンルがマンネリに陥っているのは間違いない。ここ数年、ハリウッド大作がなく、ヤスモノ映画ばかりなのがその証拠だ。
そこでマンネリを打開すべく、斬新な航空パニックのストーリーを考えたぞ。
コンピュータのエラーと機材整備不良のため離陸できず、滑走路の端で動けなくなった旅客機。おりからの悪天候で救援隊は来られない。機内は空調も動かず、機内食も食べられないし、トイレも使えないし、映画も見られない。閉じ込められた乗員乗客の運命は? 狭い座席にくくりつけられたままの極限状態を描くパニック大作!
どうだ、「まったく飛ばない航空パニック映画」だ。斬新だろう?
ダメだな(笑)
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