ジャッキー・チェンと勝負する(37)
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ジャッキー・チェンの第一次アメリカ進出は、ご存じのとおりほぼ失敗に終わるわけだが、その象徴的な作品が、今回の「プロテクター」(1985年)であることは衆目の一致するところ。ジャッキー映画の失敗作の中でも、こいつを最低に分類する人が多い。
撮影中からその出来ばえの悪さに唖然としていたジャッキーは、映画が出来上がったあとで交渉して、けっきょくアジア向けには自分の手で大幅な撮り直しと改造を加えた別バージョンを作り、公開したほどだ。日本で劇場公開されたのは、そのジャッキー版だったが、それでも出来の悪さを覆い隠すことはできなかった。
その原因はわりとハッキリしている。
アメリカ進出の第1弾となった「バトルクリーク・ブロー」は、「燃えよドラゴン」と「死亡遊戯」でブルース・リーを活かしきったロバート・クローズが、第2弾ともいうべき「キャノンボール」シリーズでは当時カーアクション映画のトップ監督だったスタントマン出身のハル・ニーダムが、それぞれの監督をつとめ、それなりの作品に作り上げた。それに続いての、この「プロテクター」を監督したのは、ジェームズ・グリッケンハウス。
こういっては気の毒だが、あきらかな格落ち。なにしろ「ド」がつくくらいのB級監督である。監督作品は、この「プロテクター」までに、「エクスタミネーター」(1980年)や「ザ・ソルジャー」(1982年) このあとも「シェイクダウン」(1988年)や「マクベイン」(1991年)といった、あまり冴えないアクション映画ばかり。はたして製作のレイモンド・チョウとジャッキーが、何を考えてこの監督さんを起用したのか、理解に苦しむ。
今回ディアゴスティーニ社が採用したのは、この迷手(?)グリッケンハウスが作り上げてアメリカ公開したままのUSA版なので、そういう意味ではレアなバージョンで、コレクションとしては貴重ではある。なんではあるが、いま見直しても、その出来ばえの悪さは否定できない。
冒頭に展開されるトラックハイジャック事件と酒場の強盗事件は、それなりの仕掛けとアクションで見せる(酒場強盗の一人が有名プロレスラーのビッグ・ジョン・スタッドだったりする)。ジャッキーの本格的なガンアクションはたぶんこれが初めてだったろうし、これほどの流血沙汰が見られるのもジャッキー映画では珍しい(USA版はR指定)。
だがそれが、その後のストーリーと、ほとんど関係ないのはどういうわけだ。この二つの事件はそのあとに展開される本線である女性デザイナー誘拐事件とはまったくリンクしないのだ。なぜそんなシーンを入れたんだ?
その後もストーリーは、言ってみれば場当たり的に、くるくると目先を変えながら展開する。バッサリ言ってしまえば、シナリオがなっていない。ジャッキー映画初期のカンフーアクションに劣るとも優らない。グリッケンハウス監督が自ら手がけた脚本なので、言いわけの余地もないぞ。
舞台が香港に移ってからも、なんかいつもの冴えがないのは、やはり演出のせいだろう。カメラの前でいかに素晴らしくスリリングなアクションを見せても、それを活かす演出がともなわなければ、単なるアクロバットになってしまう。おかげでこの映画のジャッキーは、単なる軽業師だ。
と、グリッケンハウス監督の不手際が目立つあまり、ジャッキー映画としての感想はほとんど出ない。
記憶と資料を頼りに言えば、ジャッキーによるアジア版では、もうちょっと本格的なカンフーファイトがあったはずだが、USA版にはそれもない。日本公開版についていた、なかなかにカッコイイ「プロテクター序曲」(日本オリジナル)もない。ジャッキー版には出ていたはずのサリー・イップも出てこない(よく覚えてないけど) ないない尽くしのこのUSA版には「稀少性」しかない。
けっきょくのところ、グリッケンハウス監督と、ジャッキー&レイモンド・チョウのサイドで、この映画を制作するにあたってのベクトルがまったく食い違っていたってことなんだろう。最初から噛みあっていなかったのか、製作途上での行き違いがあったのか、そのへんの真相は、今や藪の中だが。映画製作だけでなく、プロジェクトを遂行するにあたって、打ち合わせってのがいかに大切かっていう教訓を与えてくれる作品だ。
まあ、こんな作品でもジャッキーの肥やしにはなったのだろう。この後に続く「ポリス・ストーリー」をはじめとする傑作現代アクション群が、その証明になっている……と思っておこう。
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