オリンピックをなんだと思ってるんだ(1)
2020年のオリンピックが東京で開催されると決まったときは、嬉しかった。
私の年代は、幼少のころに前の東京オリンピック(1964年)があり、人格形成的に大きな影響を受けているので、オリンピックという競技大会にとても思い入れがあるのだ。
2020年は、いまよりもヒマになってるはずだし、そのころに時差なしでオリンピックが、しかもうまくするとライブで見られるなんて、こんなに楽しみなことはない。
ところが、最近になってなんか雲行きがおかしくなってきた。
そもそもの発端は、あの「新国立競技場」騒動からか。
私は、最初から、なんで国立競技場を新築しなければならないのかが、いまだによくわかっていない。
そりゃたしかに、施設は老朽化していた。あたりまえだよ、出来てから半世紀も経ってるんだから。サッカー観戦などで訪れても、うすらきたねえなとか思ってたからね。
しかしそれなら設備の改修程度でも充分だったんじゃないか。
何十億とかカネをかけて、設計コンペをやり、その結果を反故にしてやり直し、あげくに建設費は膨らむ一方とか、迷走し放題。
もちろん、地上最大の陸上競技大会を開催するんだから、トラックやフィールドの状態は万全でなければならないし、風雨の影響が最小限になるような「囲い」は必要だけどね。
でもそこに、見た目が美しい観客席なんか必要なのか?
いくらでかい競技場を作っても、そこでライブで観戦できる観客は、たかだか5~6万人。全世界の何十億という観客は、ほとんどがテレビやネットの中継画像で、競技を見るのだよ。
オリンピック全体の収支を見ても、観客による入場料収入なんて、そう大きな部分ではないだろう。
学校の校庭みたいに、トラックとフィールドだけあればいいじゃないか。
まあそれだけじゃ歓声もなく、選手のモチベーションが上がらないかもしれないだろう。だったら、風除けも兼ねて、仮設の観客席だけあればいい。
そして中継画面には、満員の素晴らしく豪華な観客席を、CGで合成すればいいのだよ。それで十分に用は足りるでしょ。
なにも従来の競技場を取り壊して新築する必要なんてないことになるしね。
いやわかってますよ、私だってもう何十年も世間をわたってきた古狸ですからね。
大人の事情ってやつですよね。
前のオリンピックの直前の時期に、水木しげる先生が「墓場鬼太郎」(だったかな?)のなかで、オリンピックのためのインフラ工事を見た主人公にこう喝破させています。
「土建屋のために国じゅうをあげて大騒ぎしている」
はい、ようするに「景気上昇のためには建築需要がいちばん」という古くさい経済理論ですね。そしてそれが、オリンピックを東京でやりたかった最大の理由なんでしょ。
「経済効果」ってやつですね。
日本人の好みにあうのか、お役人が使いやすいからか、わが国ではこの「経済効果」ってやつが、みんな大好きみたいですね。
そりゃ、儲かるに越したことはないし、経済が回り回ってけっきょくは自分の懐に落ちてくるのもわかるけどね。
スポーツだけじゃない、映画や演劇、芸術などの「文化」、祭祀や遺跡など過去からの伝承……オリンピックも、世界遺産も、阪神優勝も、ぜーんぶ「経済効果●億円」
すべてそうしたものを「いくら儲かるか」という単純きわまりないモノサシではかるって、どうなんだよ?
さもしい言い方をすれば、儲けたいと思って、カネになるから、オリンピックを開催したい。そう言ってるようにしか思えないんだよね。
言うまでもない、オリンピックとは、すぐれた能力や技術を持ったアスリートが一堂に会して勝負をつける「競技大会」で、だからこそ感動もするし、なによりも、見ていて面白い、最高のエンタテインメントである。それ以上でも以下でもある必要はない。
ゼニカネの勘定だけでオリンピックをやろうってんなら、そりゃあとんだ了見違いってもんじゃないのかい?
【と、いささか怒っているので、次回につづく】
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