インディじゃ!

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なんでも、あのFMWが復活するそうだ。

1989年10月に大仁田厚が旗揚げし、当時の3大団体(新日本、全日本、UWF)に、独自のコンセプトで割り込んだ、インディ(インディペンデント)団体の草分けともいうべき団体だ。その後は勢力を拡大し、川崎球場や横浜スタジアムでのビッグマッチ開催まで成り上がったが、日本のプロレス団体の例にもれず、脱退、分裂などの離合集散を繰り返し、最終的に2002年に消滅した。今回あらたに旗揚げする「超戦闘プロレスFMW」は、その旧FMWのスタッフやレスラーが再集結するもので、大仁田も参戦するらしい。旗揚げは4月下旬だとか。健闘を祈る。

FMWは、とくに初期には大仁田自ら「おもちゃ箱をひっくり返したような」と形容したように、何でもアリ。異種格闘技戦、デスマッチ、男女ミックス戦、素人の参戦など、いまではけっこう普通になっているものも、FMWが先鞭をつけたものは多い。なかでも、金網デスマッチをやろうと思ったが金網を買う金がなかったとかで苦し紛れに導入した有刺鉄線デスマッチは、いまや世界最大メジャーであるWWEでもやっているほど世界中にひろがっている。世の中、何が幸いするか、わからないものだ。

FMWは旗揚げ初期から何度か観戦しているのだが、私はその前にさらにスゴイ団体を見ていたので、当初はそれほど驚愕しなかった。

それは、FMWに先行して1989年4月に旗揚げした「パイオニア戦志」という団体だ。

1986年に、当時レスラー余剰状態になっていた全日本プロレスを契約解除された剛竜馬、高杉正彦、アポロ菅原の3人が、自分らが上がるリングを作るために旗揚げした。私は全日本所属当時のアポロ菅原はなんとなく好きだったので、旗揚げ戦を後楽園ホールに見にいったのだ。

旗揚げしたとはいっても、所属レスラーは前記3選手のみ。当時はフリーのレスラーはそんなにおらず(この日は当時フリーだった大仁田が参戦)、またどう考えても外人選手を呼ぶ財力があるとは思えず、いったいどうするんだろうと思いつつの観戦だった。

けっきょくこの日行なわれた試合は、たったの2試合。メインは剛対大仁田、セミが高杉対菅原。

というわけで、試合開始時間になると始まったのは、なんと当日の観客参加による「アームレスリング大会」

要するに、入場料を払って素人の腕相撲大会を見せられたわけで、またこれが長かった。いいかげん場内に倦怠感が漂いきったところで、ようやく腕相撲大会は終了し、さて次はと思ったら、今度は練習生の公開練習。やれやれだ。その中にのちに大スターになった新人でもいれば話のタネになったんだろうが、誰がいたのかもよく覚えていない(そもそも紹介もなかったか)。板倉広あたりはいたんだろうが、金村ゆきひろはまだ入門していなかっただろうな。

こんなわけで、肝心の試合が始まるころにはすっかりダレ切っていて、試合内容もよく覚えていない。6時半開始で、メインが終わっても、まだ8時ごろだったので、他の団体に較べるとえらく早く終わったなという印象だけを抱いて、水道橋の駅に向かったのを覚えてるくらいだ。

その後は予想通りに苦戦し、オリエンタルプロレスなどと昔のカレーみたいな名称に変わったりもしたが、けっきょく1993年に消滅している。FMWが全盛を迎えていたころにひっそりと消え去ったわけだ。

いまでは、日本全国に、専門誌でも把握しきれないほどのインディ団体が存在し、なんとなく存続し、なかにはそこをステップにしてメジャー級にのし上がってくるレスラーも増えてきた。そんな時代の最先端を行った「パイオニア戦志」を、オレは目撃したぞという、昔話でした。

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