シャロンの薔薇を巡る矛盾について 『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』10話感想・他(2025年6月10日の日記)
生活
仕事で朝から英語の仕様書の読解に苦戦する。しかも仕様書を読み終わって十分に理解してから、今実装しようとしている部分と全く関係ないことに気が付く。これで4時間持って行かれる。本来の仕様を読んで実装するが不具合が出て、デバッグしてるうちに夜9時頃になって終業。無為な日だった。
雨が降っていたので仕事の合間に洗濯物をコインランドリーに持って行って乾燥機で乾かす。先日暑いからとTシャツで寝たら体を冷やして腹を壊したので、乾燥機を回している間に秋葉原の無印良品に行って夏用の長袖の寝間着を買う。夜はアニメを見ながらマトンカレーを仕込み、チャイとラッシーの作り置きを補充、脚の筋トレをやって寝る。
きょう観たアニメの感想
紫雲寺家の子供たち 10話
富士山で遭難した謳華を助けに行く新。何かと一番近そうな2人なのにどこか遠くなってしまっていたこと、心の距離を戻そうとしていることがそのまま象徴されている。謳華を背負うことで顔を見せず本音の会話をさせるシチュエーション。理屈では血縁関係と家族の絆は関係ないと分かっていても、何か断絶を感じてしまうこと、それを乗り越えること。戻ってきたあと新が風邪で寝込んでいるところで謳華が恋愛感情をつぶやき、実は起きていた新が驚く。展開としてはかなり面白いが、この「実は聴いてた」パターンが乱用されまくっている!
ボールパークでつかまえて! 11話
モーターサンズ初のクライマックスシリーズ出場をかけた大一番の試合。今までのエピソードに登場した選手・選手の家族・関係者・球場スタッフ・客などが勢ぞろいして各々に少しずつフォーカスし、この場にいるすべての人に生活や人生の厚みがあることを思わせる。これを野球のルールに詳しくないルリコやたまたま来場した高校生の視点を交えて描き、その世界に入り込む感覚を演出している。試合は敗れたが全員の心が一つになる時間を見事に描いていて、集大成的な嬉しさがあるエピソードだった。
機動戦士Gundam GQuuuuuuX 10話
ゼクノヴァを兵器として利用するイオマグヌッソを中心に、ニュータイプはその圧倒的な力で他を淘汰して生き残るべきか、あるいは分かり合うことで新たな世界を作るべきか。その両方の力を戦後の若い世代が託される回だったように思う。それにしても短い会話と些細な描写だけで状況を察させるような圧縮が効きすぎていて過酷な視聴感だった。感想というより次回に向けた備忘録を書く。
核の冬から地球環境を回復させると装置として、ジオンが国家を挙げて建造したイオマグヌッソ(ソーラレイ)が発表される冒頭。大嘘過ぎる。正史では量産できなかったビグザムが多数建造されており歴史のIFを感じさせる。経済状況が厳しいのに……。自らイズマ・コロニーへ赴いたキシリア・ザビと、暗殺を恐れて姿を見せない、コロニー落としの罪の重さに悩んでいるらしいギレン・ザビの対比。この2人が竣工式典に揃って出席する状況は両者同時の暗殺の好機でもある。シャリア・ブルはニュータイプが兵器扱いではなくニュータイプとして生きられる世界を目指しているゆえに、ザビ家の支配構造を破壊しなければならない。片方が暗殺されてしまうと報復から派閥間の戦争になりニュータイプが戦争に利用されてしまう。だからこれは第三者の手で、かつ同時でなければいけない。
ニュータイプの読心能力を発揮し、さらにコモリにお礼を言えるようになっているマチュ。劇中で唯一、正しく分かり合うためにニュータイプの力を使えているゆえに主人公なのだと思う。シャリア・ブルが木星船団で一時的に帰還不能になった際、崇高な理念を失って「空っぽ」になり、シャアに似たものを見出し惹かれたという過去。モノクロの回想パートは『トップをねらえ!』を思わせる。空っぽといえばマチュも恐らくはそうなのだった。シャリアからマチュに「私にはもう必要ないものだ」と渡された拳銃。世界の変革を若い世代へと委ねつつ、介錯も連想させる。
ついにキシリアに対面するギレンだがあっけなく毒ガスで死んでしまう。「戦場の匂いを嫌っている」というカバーストーリーまで用意し、この瞬間のためにマスクをしても不自然に思われないよう準備したうえで、毒ガスによる暗殺を実行したのだった。あの変な衣装を真面目に解釈して、数年来の暗殺やクーデターのための執念に仕立て上げている。凄いアイデアだと思った。第三者の同時の殺害でなく、ギレンがキシリアに殺されたことでシャリア・ブルの目論見は外れて戦争になる。ここでキシリアを殺害したとしても報復の応酬が続くだろうし、キシリアはその場をいち早く脱出したため機会も失われた。
ギレン派掃討のためにキシリアの指令を受けて出動する親衛隊。ニャアンのジフレドに加えて、なんと量産されたギャンで構成されている(ビーム兵器が効かないビグザムを近接戦で倒すため?)。親衛隊を率いるエグザベはクーデターこそ知らされているものの、肝心のイオマグヌッソの起動について詳しく伝えられていないらしい。これはシャリア・ブルに心を読ませないための「キシリア様が一枚上手」の理由のひとつかもしれない。エグザベはあくまで忠実な騎士であって体制に疑問を抱いたりしない。ゆえにこの世界を動かすプレイヤーに選ばれなかったのではないか。
キシリアはニャアンを気にかけて生き残る意志こそが強さと説き、やはり銃を渡す。人の革新を神の差配であるとして放っておけばよいとしたギレンは生き残る意志がないから死んだ。これはニュータイプのみならず、ザビ家の男系支配を当然と思っていたからこそキシリアを侮って敗れたことも含まれているかもしれない。シャリア・ブルと同じく戦後の若い世代へと世界の変革を託し、介錯または自らを倒してまで生存してほしいという意志が見える。不自由への抵抗。ザビ家の男所帯への抵抗もあるのかもしれない。ダマスクスローズの香水。毒ガスの瓶とも、シャロンの薔薇とも共通するモチーフ。もうすぐ失われるのは環境破壊のせいなのか、イオマグヌッソで地球を滅ぼすからなのか。
明らかにエヴァQの第13号機みたいな構図でイオマグヌッソに降下するニャアンとジフレド。イオマグヌッソの正体はシャロンの薔薇が起こすゼクノヴァを使った兵器だった。ニュータイプの兵器利用を防ぎ薔薇の少女を救うためにマチュが追いかけるが間に合わない。レオ・レオーニ博士のミソジニー発言とあまりにあっさりした退場、いかにもシャアという感じで器用に危険を察して逃げるシロウズ。ニャアンが感じとる嫌な臭いや気持ちの悪さ、差別的な思想や死者の念を感じているからなのか。
ニャアンはシュウジに逢いたい一心でイオマグヌッソを起動し、ゼクノヴァを起こしてア・バオア・クーを消滅させてしまう。「宇宙が光っている」、今回の内容からして明らかファースト41話「光る宇宙」を意識しているセリフ。月の向こう側にあるはずのア・バオア・クーが地球から見えているシーン、『トップをねらえ2!』エグゼリオ変動重力源にあまりに似ている。気持ち悪いと感じるにとどまるニャアンに比べて、マチュはシャロンの薔薇が泣いていると気付くほどニュータイプの力が強くなっている。行く手を阻むエグザベをシャリアが引き受け、モビルスーツ越しにマチュとニャアンが再会する場面で物語は終わる。
10話を見て、矛盾点があるように思った。それは9話でシャロンの薔薇を見つけ出したシャリア・ブルが、イオマグヌッソにシャロンの薔薇が利用されると知りながら引き渡している点である。シャロンの薔薇を救い出し、戦争とニュータイプの兵器利用を防ぎたい立場なのに最も重要なピースを自ら探し出して、結果的に提供しているのだ。イオマグヌッソの完成こそがキシリアとギレンを式典に出席させ同時に暗殺する好機という事情はわかるし、稼働前に真の用途を知る存在であるところのキシリアが消えてしまえば確かに問題がない。だがあまりにリスクが大きい。目的はともかくとしてイオマグヌッソの真の利用方法は少なくともパイロットや開発者は知っており、誰かが引き継いでしまうと結局止めることができない。仮にキシリアのクーデターを防げても、これだけの兵器なので何らかの方法で稼働すれば戦争はやはり始まってしまう。シャロンの薔薇が他の勢力の手に渡らないようにして干渉や奪還が可能な状況にしておく意図だとしても、別の方法で隠し通すことも可能だったのではないか。ただしイオマグヌッソとシャロンの薔薇に別の用途や別の稼働方法があり、どうしてもそれを使いたいのだとすればこの問題は解消される。続きを待ちたいと思った。
アポカリプスホテル 10話
ポン子に子供が生まれてホテルの手伝いをするほのぼのした回かと思いきや、シネフィルが作った悪ふざけみたいな回だった。ホテルの宿泊客が急死し、事故物件化を恐れて隠すことになる。ヒッチコックの『ハリーの災難』みたいな筋書き。警察官らしい同種族の宇宙人がさっき死んだ客を探して捜査に訪れる。連続爆破犯らしい。それでも何としても隠し通そうとしてギリギリの攻防が繰り返される。何百年間と銀河楼十則を忠実に守っているのに倫理感は人類とはかけ離れていることのシュールさ。偽装工作を繰り返すシーンでの風呂場のシャワーカーテン越しのカットや、ラストのうつ伏せに倒れて床に顔を付けているカットは明らかに『サイコ』のオマージュ。「映画を見て地球の倫理感を学ぶシーン」を挟んでいることから明らかに自覚的にやっている。アニメでは頻繁に見るようになったキューブリックの『シャイニング』のドアを破るシーンもある。遺体の扱いもひどいし終始カオスで、強烈な印象の回だった。
