ドイツ、ユーリッヒ:4か国に利用された要塞
2025年10月26日 ユーリッヒ、ドイツ
私はこの日、気分転換に、嘗てドイツが世界遺産に推薦していたユーリッヒ城塞Zitadelle Jülichを見に、ユーリッヒの町に行く予定だった。私は11時55分に15分遅れの電車でデュッセルドルフ駅を出発し、12時50分頃に乗り継ぎ駅のデューレンDürenに到着し、直ぐに来た別の電車に乗った。それから車内で少し待って、13時21分にデューレンを発ち、13時40分にユーリッヒに到着した。
ユーリッヒの駅は無人駅で、町は静かな田舎だった。自然は余りなく、事務所や倉庫や工場らしき静かな工業的な赤煉瓦の建物が、互いに距離を置いて建っていた。私は北西へ15分ほど歩き、要塞へ向かった。要塞の前は公園で、放課後と思われる小学校低学年以下の多くの子供達が、母親達に見守られて遊んでいた。きっと当地が世界遺産に登録されて、観光地化されていたら、このような和やかな光景も見られなくなっていたことだろう。
当要塞は、1547年の火災によって街の再建が必要となった後、16世紀半ばにイタリア人建築家、アレッサンドロ・パスクアーリーニAlessandro Pasqualiniの指揮の下で建設された。当施設は建設当所、ユーリヒ・クレーフェ・ベルク連合公国Vereinigte Herzogtümer Jülich-Kleve-Bergのヴィルヘルム5世Wilhelm Vの居城として利用されていたが、1609年に彼の息子、ヨハン・ウィリアム1世Johann Wilhelm Iが跡継ぎを遺さずに死んでからは、20世紀半ばまで様々な統治者の元で兵舎として軍事転用された。具体的には1860年からプロイセンの下士官学校となったり、第一次世界大戦後の1918年から1929年の間はフランスとベルギーの占領軍の宿舎となったりし、第二次世界では大きな被害を受けた。そして、1965年にノルトライン・ヴェストファーレン州に取得されてからは、修復工事が施され、1972 年からはギムナジウムとして活用されて来た。

要塞の城壁は厚さが10m以上、高さは平均12.5mあり、上空から見ると1辺約300mの正方形を描いていた。周囲は干上がって雑草に覆われた掘りに囲まれていて、城壁の四つ角にはダイヤ型の稜堡が付いていた。上下気が描く正方形の中心に位置する要塞本館は、基本的には2階建てだが、部分的に3階建ての箇所もあり、各階には格子窓が横並びになっていた。また、本館の赤煉瓦の外壁には、10本ほどのクリーム色の横線が装飾として入っていて、東側の辺の中央からは灰色のドームを被った小塔が伸びていた。



本館館内の内、ギムナジウムとして使われていない少数の部屋と地下道が博物館として開かれていて、そこには要塞自体よりも、ユーリッヒの町に纏わる物品が展示されていた。それらは具体的に言えば、青銅貨、兵士やクリスマス・リースのようなものが浮き彫りにされた灰色のレリーフ、ヴィルヘルム5世が集めた梟や人を模した掌大の陶器、同じく彼が集めた瓢箪や円柱の形をした茶色や白の水筒らしきもの、要塞と農民達と周囲の殺風景が描かれた中世の風景画、赤煉瓦製で高さ1mほどの円柱形井戸、数十㎝大で三投身にデフォルメされたクリーム色の彼の全体像、王冠を被った黒い鷲のレリーフ、二輪砲車、青い軍服、酒や煙草や銃など各々思い思いの物を持った若き兵士達らしき男性達の白黒記念写真などである。
それに説明書きにはローマ神話の知恵と戦略の女神、ミネルバが強い女性の象徴として当地で崇められていたと書いてあり、前述の陶器の中には、彼女を模したものもあった。
また、地上階にはチャペルもあった。それは私の記憶が正しければ、幅約10m、奥行き約20m、高さ約15mの吹き抜け2階建ての部屋で、正面には2階を貫く壁龕があり、内壁は赤煉瓦で、階層の間や壁龕の縁など一部だけが白くなっていた。当室は教会としては決して広くなく、赤煉瓦と言う素材が牢獄のような部屋の狭さを強調させていたが、壁龕2階部分に横並びになった4枚の蒲鉾型の窓からだけ日光が入る造りになっていた。それは信仰が闇を照らすように、部屋に眩い光をもたらしていた。



正直、私はチャペルを除いてこの要塞自体に余り心を動かされなかったが、外に出ると肌寒く空は曇っていたにも関わらず、辺りは晴れ間のように明るく、要塞がとても映えて見えた。この日は他に予定がなかったので、私は空の雲に歩みを合わせてゆっくりと城壁が囲む敷地内を散歩した。今日の旅はとてもいい気分転換になった。
帰り、私は15時43分ユーリッヒ駅発の電車に乗り、16時4分にデューレンに到着し、15分遅延した次の電車で16時32分にデューレンを発ち、17時35分頃にデュッセルドルフ駅に戻って来た。そしたら小腹が空いたので、構内のパン屋で法蓮草とマッシュルームの乗ったピザを買った。
※要塞の歴史と大きさに関しては、ユーリッヒ町の公式サイトを参考。
Stadt Jülich. (n.d.). Die Zitadelle Entstehung im 16. Jahrhundert. Die zitadelle. https://www.juelich.de/Zitadelle

