ドイツ、ゾーリンゲン: 産業を革命を象徴するミュンステナー橋
2025年10月18日
この日、私は気分転換にミュンステナー橋Müngstener Brückeに行くことにした。当橋はデュッセルドルフの東、ゾーリンゲンSolingenとレムシャイドRemscheidの間に架かっており、公式サイトによると、イタリアのPonte San Michelle、フランスのViaduc de Garabit及びViaduc du Viaur、ポルトガルのPonte Maria Pia及びPonte Dom Luís Iと共に世界遺産候補候補、“19世紀後半のヨーロッパのアーチ橋Europäische Bogenbrücken des späten 19. Jahrhunderts”を構成していた。これらの橋はどれも、19世紀末に建設されたアーチ状の橋で、産業革命を記念する建築的重要性を持っていた。
私は11時2分の電車でデュッセルドルフ市内のフリンガーン駅Flingernを出発し、30分後にヴッパッタール駅に着いた。そこで11時43分発の電車に乗り継ぎ、40分後にミュンステナー橋最寄りの無人駅、ゾーリンゲン・シャバーグSolingen-Schaberg駅に到着した。
電車は橋の上を通ったが、橋の周りは見渡す限り木々で視界が遮られていたので、その高さは全く感じられなかった。駅周りは数件の民家と大きな馬数頭が放し飼いにされた土地がある他は、完全な森で、当橋目当てでなければ誰も下車しないような場所だった。私の他には動きやすい格好をした老若男女約10名が下車した。私と同じく30歳前後と見られ、一人で来ている男女もいた。
線路に沿って数十m伸びた低い木木のトンネルを抜け、更に数十m森を歩くと、木々の生い茂った扇形の盆地に出た。橋はこの盆地からヴッパー川Wupperを挟んで対岸の森へと架っているのだ。盆地に生えた木々は高さが20m近くあり、その葉は爽やかな緑色や黄葉した赤茶色だった。盆地の地面は絨毯が敷かれているみたいに、赤茶色い落ち葉で全面覆われていた。地面一杯に黄葉が広がる景色は圧巻で、しかもその景色が前述のトンネルを抜けで直ぐに出て来たものだから、私は自身が突然人間界から遮断されて、動物界に迷う込んだようなメルヘンであり少しだけ怖くもある感覚を持った。私は扇の外側から内側へと向けて進むように、その斜面を蛇行しながら下った。橋は直ぐそばだったが、木々は頭上をも覆っていたので、盆地からは橋の太い足が見えるだけだった。


盆地を下り切ると、そこには一本道が通っており、その端には駐車場や飲食店、売店、ミニ・ゴルフ場、錆びた鉄で置物を作る工房があった。人も数十名いた。彼等は皆車で来ており、その為にきっと盆地を下ってこそ見える景色の素晴らしさに気付くことはないだろうから、勿体ないなと思った。また、看板によると橋は1897年に完成し、高さ107m、長さ465m、支間長170m、重量5000トンを有していて、建設費用は2,646,386.25マルク掛かった。ヴッパー川は幅20mか30mほどの細く静かな川で、水は川底や木々の色を反映して透明度のある黒に見えた。
橋は黒い鉄骨からなり、アーチを中心に少なくとも左右2本ずつの四角柱の足があり、その上を線路が通っていた。橋自体のデザインに変わったところはなかったが、橋がこの広大な森に架かっていると言う事実がその大きさを視覚的に分かり易くしていて、このような橋の建設を可能にした産業革命が、いかに世の中を大きく変えたのか強く感じた。



私は橋を見終えると、盆地を登って駅に戻った。もう秋なのに登っている内に体が熱くなり、私はジャケットを脱いで、薄いパーカーの袖を捲った。次いで私は、直ぐに来た13時25分発の電車で13時38分のゾーリンゲン駅に来た。そこからは運休中の電車に代わる13時45分発のバスに乗り、14時20分にデュッセルドルフに戻って来た。久々に体を動かしたので、バスでは意図せず眠ってしまった。
本日の目的地は橋だけであったが、行ってみると橋の周りの自然も素晴らしく、今回の日帰り旅行は凄くいい気分転換になった。
