“ユダヤ人が造った地下洞窟” ベイト・グヴリンinイスラエル
2023年8月8日
この日は、“ユダヤ低地の洞窟世界 マレシャとベイト・グヴリン”として世界遺産登録されている洞窟を見る予定だった。
当遺産は古代都市、マレシャとベイト・グヴリンBeit Guvrin-Mareshaの地下に広がる軟質石灰岩の洞窟群で、3500部屋にも及ぶ。当地ではメソポタミアとエジプトへの交易路が交差しており、ベイト・グヴリンに先んじてマレシャが建設された紀元前8世紀から十字軍の時代まで2000年以上に渡り、貯水池、搾油場、浴場、鳩小屋、厩舎、宗教礼拝の場所、隠れ家や埋葬地などとして機能して来た。
私は宿からテル・アビブ駅まで2kmを歩き、駅でXLと言う見慣れないエナジー・ドリンクを飲み、電車で40分と6ユーロ相当を掛けてキリヤ・ガットKiriya Gatに来た。そこからは30分ほどバスに乗り、当遺産が位置するベイト・グヴリン及びマレシャ国立公園Beit Guvrin-Maresha National Parkに来た。
公園は暑くとても乾燥した荒野で、草木は多少生えていたものの、本当にここが正しい場所なのだろうかと不安になるくらい殺風景だった。洞窟群は二つのエリアに分かれていたので、各エリア毎下に書く。
一つ目のエリアは、白い岩に空けられた深さ10m程度の縦穴、10余りからなっており、その大半が地下だった。内部には、石碑、石の碾き臼、暖炉、窯、螺旋階段、採光用の丸穴、鳩が巣を作る為の三角の窪みなどがあった。中でも一番大きい洞窟には、無駄なスペースが出来ることを許さないかのように、内部一杯に蛇行した道があり、その側面には不規則な部屋部屋が付いていた。崩壊してモダン・アートのようになっている螺旋階段もあった。光りは一部の部屋を除き、基本的には照明で賄われていた。こうした内部の造りは何処となく不気味な雰囲気を出していて、ラビリンスのようであり、私は直ぐにでも出たいと思いながら中を進んだ。



外に出居ると、丘を横切った所に売店があり、私はここで一息付いた。私の体はかなり脱水していたので、私はレモン・フロートとグアバ味のファンタと大きな水のペットボトルを買い、飲み物だけで9ユーロ相当も使ってしまった。他の来場者達は家族連れや学校単位の団体で来ており、車移動しているようであり、どうりで公園の出入り口付近に人が少なかった訳だった。
売店直ぐそばには、シドン人Sidonese指導者、アポロファネスApollophanes一族の墓があった。内部は奥行き10mほどで、横線中心部を出入口としたT字の空間になっていた。一番奥を除く全ての内壁には、高さ1m、幅と深さ共に50㎝前後の五角形の穴が、等間隔で計30個余り横並びになっており、その上部には牛やライオンなどの動物が奥に向かって後進する様子が描かれていた。一番奥の壁には、倍の大きさの窪みがあり、その中心にある縦長の長方形の穴の奥には、彼が元々埋葬されていたらしかった。この穴にはギリシャの神殿を思わせるような屋根と柱があしらってあり、レモン型の黒い水瓶と、黄色いテーブルの上で火を灯された白い燭台が左右に、臙脂色の鳥が左右上部に、それぞれ描かれていた。他の洞窟には全く何も描かれていなかったので、この墓がコミュニティの中で特段の意味を持っていたことは明らかであったし、この墓は当時の生死感を伝える貴重な資料だった。

二つ目のエリアは数km離れたところにあり、歩けない距離ではなかったが、猛暑の中では歩くのは大変困難であり、見兼ねた30代らしきユダヤ人男性が車に乗せてくれた。
二つ目のエリアは黄土色の石灰岩の岩山を、高さ幅共に10mを越える鈴の形に、上から掘って作られた10個ほどの空間であり、各空間の中には一回り小さな鈴の形の空間が5個ほどあった。これら空間は全て地上乃至半地下にあり、空間内部には無造作に岩が転がっているだけで、人工物らしきものはなかった。このような一つ目のエリアとまるで対象的な造りは、やはり私に対照的な感情、つまりは安心感を覚えさせた。ここには修行僧が静けさを求めて辿り着く場所のような穏やかさがあった。
同エリアには、観光ガイドとしての資格を得る為、2カ月間の合宿をしているのだと言う若者達の集団がおり、内、黒人の青年とは、テル・アビブが東京に似ていると言う点で意見が合った。

二つ目のエリアを見終えた後は、公園の出入口付近にあったローマ時代の円形劇場の席を見た。劇場は白い石灰石を煉瓦状に詰んで造られており、同様の要塞と公共浴場も併設されていたが、これらは土台部分しか残っていなかった。説明パネル曰く、劇場は3500人を収容出来る規模のもので、西暦363年に地震で崩壊するまで200年間利用されていた。正直、ローマやシラクサ、ヴィチェンツァで他のより大規模で保存状態の良いローマ時代の円形劇場を見た後では、感動は少なかった。

帰りは行きと逆の行程で帰った。電車内では、席に横になって寝ていた30代らしき女性に、アラブ系の20代の男性が、下着が見えていることを知らせていた。彼は自身の宗教的信条から知らせたのだろうか、それとも彼女の為に知らせたのだろうか。
※“ユダヤ低地の洞窟世界 マレシャとベイト・グヴリン”の歴史に関しては、ユネスコの世界遺産リスト参考
