“美しい王家の谷の壁画と不快なツアー”ルクソールinエジプト
この日は“古代都市テーベとその墓地遺跡”として世界遺産登録されている遺跡群の主要5カ所、王家の谷、ハトシェプスト女王葬祭殿Mortuary Temple of Hatshepsut、メムノンの巨像Colossi of Memnon、カルナック神殿Karnak Temple、ルクソール神殿Luxor Templeをツアーで回る予定だった。当遺産は紀元前2000年後半の古代エジプト新王国時代の首都、テーベに残された神殿、葬祭殿、墓などからなり、第18王朝時代を始めとしたエジプト文明の繁栄期を現在に伝えていた。前回記事と重複するが、改めて当遺産の歴史を説明する。テーベはカイロ南方約730kmに位置する紀元前2000年後半の古代エジプト新王国時代の首都で、第18王朝時代に繁栄し、そこには多くの神殿、葬祭殿、墓が建設されていた。現存する遺構は、カルナックKarnakのアモン神殿Amonや、第11王朝時代及び第18王朝以降の葬祭殿、第18王朝以降の王や王妃の墓などである。当遺産はエジプト文明の最盛期を示す証拠であった。
8時、私は大きな水のペットボトルを持ち、ツアー会社のワゴン車で宿から拾われた。ワゴンは幾つかの宿から他にも参加者達を拾った。彼等は30歳前後らしきロンドン在住のイタリア系オーストラリア人男性、ドイツに1年間の留学経験のある卒業間際の韓国人男子大学生、30歳前後らしきスペイン人女性、30歳前後らしきプエルト・リコ人女性2人などからなった。ガイドは30代半ばらしきヒジャブを被った肌の黒い女性で、私は彼女の大きな態度が終始好きになれなかった。男性の運転手もいた。
ツアー一行は先ず王家の谷を訪れた。ここは標高数十mの小高い石灰岩の丘に囲まれた谷で、紀元前15世紀から紀元前10世紀頃のエジプト王達、ラムセス1世、3世、4世の墓が集まった場所だった。墓は丘に空けられた高さ5mほどの四角い横穴のトンネルで、一番奥に石櫃が置かれていた。どの墓の内壁にも象形文字がお経のようにびっしりと書かれていた。

最初に入った4世の墓の出入り口付近に書かれていた文字は、動植物や人間のシルエット、片目、線などの簡単でものだったが、奥に進むに連れて黄、緑、臙脂、青の色が鮮やかになり、文字も徐々に絵と化して行った。その絵は、ネメスを被った男性達や、同様の男性達が入った黄色く横倒しの棺、コブラなどが、太陽らしき臙脂色の丸を背にした彼等の倍の大きさを持つクヌム神Khnumに向かって、各々列をなす光景を描いたものだった。他には、象形文字を挟んで、左右からダイヤ形を描くように緑色の翼を広げた、立ち姿の白い鳥2羽も印象的だった。また、石櫃には太陽らしき円形を頭上に持った人物3人と、円形を掲げた大きな両手などが、沢山の象形文字と共に刻まれていた。



3世の墓の内壁には、多種多様なエジプト伝統の帽子を被った王族らしき男性達や、腰を丸めたり紐を持ったりなどして何かしらの作業に勤しむ労働者らしき男性達、頭上に黄色い丸を浮かべて隼の頭をしたホルス神Horus、同様に丸を浮かべて朱鷺の頭をしたトート神Thothなど、人物画が多数描かれていた。これらの多くは、掌サイズのものが多かった4世の内壁の絵に比べ、30cmから1m前後あって大きく、その大きさを生かして人物の顔立ちや衣類は細かく描かれていた。


1世の墓の内壁にも大きな人物画が多かったが、こちらはより古い時代のものだけあってか、デザインがシンプルであり、3世の墓の絵と比べることにより、エジプトの芸術の進歩を感じることが出来た。
ここにはツタンカーメンの墓もあり、何人かのツアー客達は追加料金を払ってそこも見学していたが、韓国人男子大学生は、他3個の墓と大差ないので見なくてもよかったと言っていた。


3個の墓を見終えた後は売店で青いゲータレードを飲んだのだが、20代らしき男性店員が商品の個数を説明するの際、私に中国語を使って来た為、私は彼の胸をタップして不快感を伝えたのにも関わらず、彼は全く反省していなかった。百歩譲って私に中国語を使って来たのは彼の非ではなく、この国の教育制度の不備だと解しても、彼の反省のなさに救いはなかった。観光業に携わっている以上、自分が外国人客に抱かせる印象が、外国人客のエジプトに対する印象を左右し得ることを、彼は全く認識していない様子だった。しかもガイドが彼の肩を持ったことも、私をより苛立たせた。このような嫌なことは勿論書きたくないのだが、読者様に極力、私の感じた素直な感想を通して、現地の人々や文化の様子を知って頂く為に、基本、私は旅先で思ったことはいいことも悪いことも書いて行く。
王家の谷の後にツアーで回ったハトシェプスト女王葬祭殿、メムノンの巨像、カルナック神殿、ルクソール神殿に関しては、次回と更に次の記事で書くとする。
※“古代都市テーベとその墓地遺跡”の歴史に関しては、ユネスコの世界遺産リスト参考
