ドイツの温泉街、バーデン・バーデンへ!
2025年2月12日
私は7時に宿を出て、トラムに乗って30分でカールスルーへ駅に着いた。体調が万全ではない為か、頭がぼおっとしたので、私はエナジー・ドリンクを気付け薬として売店で買って飲んだ。そこから8時10分の電車に乗り、8時31分に本日の目的地である温泉地、バーデン・バーデンに到着した。当地はヨーロッパ内数カ所他温泉地と共に、世界遺産、ヨーロッパの大温泉保養都市群を構成している。駅前には並木道があり、私はバスで20分ほど東南へ走り、温泉のあるエリアに来た。
そこには19世紀に建造されたと言われても信じられる若干年季の入った4階建てでクリーム色の集合住宅が多くあり、それらの1階には店舗が多く入っていた。何本もの歩行者天国の道もあった。それらが交わる広場Leopoldsplatzには、白い石で縁取られた歪な四角形の小さな人工池があり、その中心に置かれた黒く平らで不規則の多角形の煎餅みたいな石の中心からは、高さ30cmほどの水柱が噴射されていて、その水は煎餅みたいな石の表面を通って人工池に落ちて行っていた。東洋人やラテン系らしき外国人も僅かながら歩いていて、当地はバド・キッシンゲンと違って温泉街らしさが多少出ていた。

当地にはスパ、バド・エムズ、バド・キッシンゲンで訪れたようなアミューズメント要素のある近代的温泉施設、カルカラ・スパCaracalla Spaとローマ時代の温泉を再現したフリードリクスバートFriedrichsbadと言う二つの温泉施設があり、私は後者に来た。そのファーザードはカフェオレのような薄茶色の外壁を持った横長の長方形で、外観上は高さ10mほどの天井の高い2階建てであり、2階は1階より若干高さがあった。1階には縦長の蒲鉾型の格子窓が、2階にはより大きな同形の格子窓が、それぞれ20枚ほど横並びになっていた。ファーザード中央上部からは高さ3m、幅5mほどの同色の四角形が突起していた。180度の扇形に窪んだこの四角形の金色の中央部分には、王族らしき髭面男性の胸像が設置されており、四角形の上には横になった半裸の女性に左右を挟まれた黒い鳥の象が乗っていた。また、2階部分の各窓間にはローマ的デザインの梁を持った円柱が再現されており、各円柱の上には別々の男性の顔が浮き彫りにされていて、2階中央の窓の左右の壁龕にはそれぞれ女性と男性の全身像が置かれていた。説明書きのよるとフリードリクスバートは19世紀に建築されたが、それでもこのような装飾でローマ的雰囲気を醸し出しており、歴史を感じさせた。


営業開始の9時を若干過ぎた頃、私は吹抜け白壁の1階中央で受付けを済ませ、階段を上り、左右両方にある男女共用更衣室の一方で水着に着替えた。更衣室には木製の電話ボックスのような木箱が幾つかあり、空いていればその中で着替えることも出来た。2階にはシャワー、マッサージ室、温度の違うサウナやスチーム・サウナ計3種類ほど、風呂、膝丈の深さの泡風呂、軽く体を動かす用の円形風呂、水風呂、読書室、お茶各種の置かれた休憩室などがあり、3時間、嘗ての王族達に倣った順番でこれらの部屋や浴槽に入って17工程を踏むことが推奨されていた。サウナの一室には鶴の壁画が描かれていて、東洋志向も感じさせた。この日、マッサージ師はいなかったし、私は本を持参していなかったものの、私も基本的にはこの順番に各部屋を楽しみ、2周弱した。
円形風呂がある部屋は内壁が臙脂色になっており、天井はドーム型で中心に丸い採光窓が着いていた。他の客がほぼいない中、典型的なヨーロッパ的建築デザインの円形風呂を独占して泳いでいると、本当に王族になったような贅沢な気分になれた。最後、私は休憩室と読書室で何もせず計30分は過ごしたのだが、電車の時間を気にしなければ、1時間は軽くそこにいられるほど私は時間の概念から解き放たれてリラックスしていた。フランスの哲学者、アンリ・ベルクソンHenri-Louis Bergsonは時計で計られた時間ではなく、人間が主観的に感じる時間の流れの速さに重きを置いた人物だが、彼もこんな風にして一般的な時間の概念から解き放たれた状態で、彼なりの時間論を思いついたのではないだろうか。

私は11時50分に施設を出て、12時20分頃バスに乗り、約20分後にバーデン・バーデン駅に戻って来た。サウナで体の水分を奪われた為か空腹だったので、私はドイツの伝統的な長いパン、ラウゲンシュタンゲ Laugenstangeに輪切りのトマトとモッツアレラ・チーズとバジルの葉を挟んだものを駅のパン屋で買い、プラットフォームで食べた。それから13時頃に電車に乗り、約30分後にカールスルーへに戻り、1時間、マクドナルドでコーヒーを飲みながら時間を潰した後、14時50分に5分遅れで来たバスに乗った。バスは21時20頃にデュッセルドルフ駅に到着した。今日を経て、私はますますヨーロッパの温泉が好きになってしまった。
