“文化発展の歴史を伝える洞窟” ナハル・メアロットinイスラエル
2023年8月9日
この日、私は“人類の進化を示すカルメル山の遺跡群:ナハル・メアロット(ワディ・エル=ムガーラ)の洞窟群”として世界遺産登録されている洞窟群を訪れるべく、カルメル山Karmelへと行く予定だった。因みにナハル・メアロットとワディ・エル=ムガーラはそれぞれ、Nahal Me'arot、Wadi el-Mugharaと綴る。
当洞窟群はタブンTabun、ジャマルJamal、エルワドel-Wad、スクールSkhulと言うカルメル山の4つの洞窟からなり、古くは50万年前、旧石器時代前期のアシュール文化Acheuleanから紀元前1万年前後のナトゥーフ文化Natufianまでの地形を有していて、稀に見る長期間における人類の進化の過程や文化の変化を示していた。その為、90年にも渡る考古学的研究の中で、ムスティエ文化Mousterianの時代にネアンデルタール人Neanderthalと現生人類、両方が生きていたことや、ナトゥーフ文化の時代に旧石器時代最後の狩猟採集社会から新石器時代の定住農耕社会への移行が行われた過程が、解明されていた。
私はカラメル・ビーチKaramel Beachのバス停から10分ほどかけてNahal Mearot Nature Preserveナハル・メアロット自然保護区へ移動した。カルメル山はこの保護区の中にあり、私は売店で水を買って散策を始めた。
カルメル山は乾燥したドワーフ・フォレストで、花こそ咲いていなかったが、洞窟がなくても十分見応えがあるほど、沢山の種類の草木が生えていた。私は見ることがなかったが、ポスターによると鳥類も多種生息していた。洞窟は隣接し合った低い灰色の岩山にあった。



タブンは三股に分かれた亀の手のような形をしていて、目測では奥行き10m未満、高さ30m未満の極小さな洞窟で、1m前後の不規則な段差を持った階段のようなものが形成されていた。説明パネル曰く、ここでは100万年前から4万年前と言う途方もない長期間の間に、アシュール、ムグハラMugharan、ムスティエの順に文化が移り替わり、それと共に技術の進歩や人類の進化の過程が紐解かれる発掘があったそうだ。

ジャマルは同規模の半円形型の洞窟で、地面には各辺1m未満の正方形の穴が5個ほど彫られており、説明パネル曰く、10万年前から4万円前の間の人々による狩猟及び植物の採集と、人々の集まりの考古学的資料だった。


エルワルドは床から天井までの高さが10mほど、奥行きが数十mあり、4つの洞窟で一番大きかった。外壁に自然と出来た凹凸が幾つもあり、この点でも意図的に均されたのであろう平らな内壁を持つ他の洞窟とは違っていた。内部には焚火を模したものを含む照明が幾つもあり、原始人達の暮らしの再現が映像資料で流れる間、赤、青、紫や橙など様々な色に壁を染めていた。説明パネル曰く、周囲では12300年前から1万500年前の暮らしの資料が見つかり、頭蓋骨に角貝のバンドが巻かれた80体もの人骨が埋葬されていた。


スクールは円形で奥行き10m未満の洞窟であり、説明パネル曰く、9万年前に当地に移住して来た初期のホモサピエンスが子供を含め10人埋葬されてるセメタリーだった。

このように洞窟はどれもかなり小規模で、例えこれらに高い歴史的価値があったとしても、出土品が博物館に集積、展示されている訳でもなく、私は正直なところ当地に肩透かしを食らった。
※“人類の進化を示すカルメル山の遺跡群:ナハル・メアロット(ワディ・エル=ムガーラ)の洞窟群”の歴史に関しては、ユネスコの世界遺産リスト参考
